当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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EU 無毒な環境に向けた持続可能性のための化学物質戦略の公表を受けて

2020年11月24日更新

欧州委員会(EC)は10月14日に「無毒な環境に向けた持続可能性のための化学物質戦略」(化学物質戦略)*1)を公表しました。 これは昨年公表されたEUの新しい成長戦略である「EUグリーンディール」(European Green Deal)を実現する戦略のうちの一つと位置づけられています。


グリーンディールの目標は、「2050年に温室効果ガスの純排出がなく、経済成長が資源の使用から切り離された、近代的で資源効率の高い競争力のある経済」を実現することです。 化学物質戦略は本コラム(10月30日付)で既に速報をさせていただいていますが、今後のEUにおけるREACHとCLPを中心とした化学物質規制の進む方向を示していることと、これらの規制が間違いなく世界のデファクトスタンダードになって行くであろうと考えられること、およびEU自体がその事を指向している事実があることから、たいへん重要な戦略であり再度詳細について分析をする必要があると思い取り上げました。

以下に化学物質戦略の内容を説明します。


1.化学物質戦略の背景と目的

化学物質そのものは、グリーンディール実現にとって、低炭素、無公害、エネルギーおよび資源効率の高い技術、材料、製品の構成要素でもあり、安全で持続可能な化学物質を提供するための化学産業の投資の増加と革新的な力は、新しいソリューションを提供し、経済と社会のグリーンとデジタルの両方の移行をサポートするために不可欠です。

一方で有害な化学物質は、人と環境に影響を与え、さらに化学汚染は、地球を危険にさらし、気候変動、生態系の劣化、生物多様性の損失などの地球の危機に影響を与え、増幅する主要な要因の一つです。


したがって、新しい化学物質や材料は生産から廃棄まで本質的に安全で持続可能でなければなりませんが、化学産業が気候中立に移行できるようにするには、新しい生産プロセスと技術を導入する必要があります。


この新しい技術の先行開発はEUの将来の産業競争力を強化することにも資するため、化学物質戦略のかたちで上述のビジョンを示し、長期戦略を立てて開発を支援することを目的としています。


2.新たな長期ビジョンに基づく5つの政策

化学物質戦略では、安全で持続可能な化学物質の革新を支援し、人の健康と環境保護を強化し、化学物質に関する法的枠組みを簡素化するとともに強化し、証拠に基づく包括的な知識データベースを構築することによりビジョンの実施に向けた道筋を示し、化学物質の健全な管理と政策立案において世界の範となるための政策を設定します。


以下に具体的に5つの政策のポイント(一部)を順番に説明していきます。


1)安全で持続可能なEUの化学物質に関する改革

(1)安全で持続可能な設計による化学物質の促進

・安全で持続可能な物質・材料・製品の開発、商品化、展開、取込を財政的に支援し、職業教育、高等教育、研究、業界、規制当局など、あらゆるレベルで適切なスキルを確保

・より安全な化学物質の使用を促進する産業排出物に関する法律の策定

(2)安全な製品と無毒の材料サイクル(リサイクル)の達成

・製品中の懸念物質を最小限にすると共に安全なリサイクルを増やし、廃棄物(特に廃プラスチック)の輸出を減らす投資を支援

(3)化学物質生産のグリーン化とデジタル化

・低炭素で環境への影響が少ない化学物質および材料の製造プロセスの研究、開発、および展開

・化学物質の生産のために、再生可能/カーボンニュートラルなエネルギー源からの電力の使用、輸送、および貯蔵に切り替え

(4)EUのオープンな戦略的自律性の強化

・グリーンディール実現のための戦略的バリューチェーンを特定し、関係する化学物質の戦略的先見性を高める。


2)EUの環境と健康に関する法的枠組みの強化

EUでは化学物質を規制するための基盤として、REACHとCLPがあり、既存の部門法、特に消費者製品を規制する法がこれを補完して一貫したアプローチによる法的枠組みを構成していますが、以下の点で一層の強化が求められています。

(1)消費者、脆弱なグループ、労働者を最も有害な化学物質から保護

・リスク管理への一般的なアプローチを拡張して、食品接触材料、おもちゃ、育児用品、化粧品、洗剤、家具、繊維などの消費者製品に、癌や遺伝子突然変異を引き起こしたり、生殖器系または内分泌系に影響を及ぼしたり、持続的で生体内蓄積性のある化学物質を含んでいないことを確認

・消費者製品に関して、免疫系、神経系、呼吸器系に影響を与える化学物質や特定の臓器に有毒な化学物質など、さらに有害な化学物質に一般的なアプローチを拡張するための手順と時期を定義

・上記のすべての物質を一つずつ規制するのではなく、すべての用途の制限およびグループ化を通じて規制することを優先

・一般製品安全指令の必須の法的要件およびREACHの制限を通じて、子供向けの保育用品およびその他の製品(おもちゃを除く)に含まれる有害化学物質から子供の安全を確保

・REACHの下で、消費者に付与される保護のレベルをプロのユーザーに拡大

・最も有害な物質の特定から労働者の保護の強化、特に鉛とアスベストの制限値を下げる提案とジイソシアネートのばく露限界値(BOELVs)を確立する。

・WHOの定義に基づいて、農薬と殺生物剤についてすでに開発された基準に基づいて、内分泌かく乱物質に対しても法的拘束力のある危険有害性の基準を確立し、それをすべての法律に適用することを提案し、特定されしだい消費者製品への使用を禁止

・REACHのSVHCのカテゴリーとして内分泌攪乱物質を導入

(2)化学物質の複合効果から人と環境を保護

・物質の化学的安全性評価のための混合物評価係数をREACHに導入する方法を評価

・水、食品添加物、玩具、食品接触材料、洗剤、化粧品に関する法律など、他の関連する法律の組み合わせ効果を考慮に入れるための規定を導入または強化

・タバコおよび関連製品の製造に使用される混合物の評価を改善

(3)環境中の汚染ゼロに向けて

・CLPの新しいハザードクラスとして環境毒性、持続性、移動性および生体内蓄積およびその基準を提案

・SVHCのカテゴリーに内分泌かく乱物質、持続性、移動性、毒性、および非常に持続性、非常に移動性の物質を導入

・ヨーロッパの今後の医薬品戦略に、医薬品の製造と使用の環境への影響を取上げる。

・食品中の化学物質汚染に対する規制を強化

・すべてのPFASをグループとして原則使用禁止し、社会に不可欠な場所でのみ使用

・水、持続可能な製品、食品、産業排出物、廃棄物に関する関連法の下で、グループアプローチでPFASを規制する。


3)法的フレームワークを統合し簡略化

(1)一つの物質、一つの評価

・単一の「公共活動調整ツール」を使用して、法律全体にわたる当局の化学物質に関するすべての計画および進行中のイニシアチブの最新の概要を提供

・危険有害性の特定/分類およびリスク評価に関する化学物質規制全体の要求に可能な限りすり合わせおよび同期し、「一つの物質、一つの評価」に向けたプロセスを監督

・実際の運用からのフィードバックに基づいて、REACHの認可および制限プロセスを改革

(2)方法論とデータ

・CLPをハザード分類の中心的要素と位置づけて、調和の取れた分類を開始

・ナノマテリアルの定義を見直し、法律全体で一貫した適用を確保

・化学物質に関する共通オープンプラットフォームを開発(European Green Deal data space)

・データの再利用の法的障害を取り除き、化学データの流れを合理化

・オープンデータの原則と関連する透明性の原則を、EUの食品安全部門から他の化学物質の規制にまで拡大

(3)コンプライアンス違反に対する断固とした措置(ゼロトレランス)

・REACHの下での「データなければ、市場なし」(No data, no market)および「汚染者負担」の原則を強化(違反の場合は登録取消)

・違反のリスクが高い既知の領域、特にオンライン販売、輸入品、分類、ラベル付け、および制限を対象に、加盟国の監査義務を委員会に委託することを提案

・オンラインで販売される化学物質を含む消費者向け製品のコンプライアンスを改善するためのデジタルツールの使用を検討


4)化学物質に関する包括的な知識ベース

(1)化学物質データの可用性の改善

・REACH登録義務を、特定の懸念されるポリマーに拡大

・温室効果ガスを含む化学物質の環境影響全体(環境フットプリント)をREACHに導入する方法を検討

・REACH情報要件を修正して、神経系および免疫系への影響を含む、重大な有害性を持つ物質の効果的な識別を可能にする

・REACH情報要件を修正して、量に関係なく、EUで製造または輸入されたすべての発がん性物質を識別できるようにする

(2)科学と政策のインターフェース強化

・化学物質の研究とイノベーションのアジェンダを確立および更新し、研究結果の規制への取込を促進

・高度なツール、方法、モデル、およびデータ分析能力のための学際的な研究とデジタルイノベーションを促進し、動物実験からも脱却

・化学物質に関するEUの早期警告および行動システムを開発し、監視と調査によって特定されたらすぐにEUの政策が新たな化学物質のリスクに対処


5)化学物質のグローバルで健全な管理の模範を提示

(1)国際的なリーダーシップ

・化学物質の健全な管理に関する国連2030アジェンダの目標と目標を達成するための国際的な支持を強化

・2020年以降の世界的な生物多様性目標に沿って、化学物質と廃棄物の健全な管理のための世界的な戦略目標と目標の採用に努める。

・化学品の危険性を特定し、オペレーター、労働者、消費者に伝達する手段として、化学品の分類および表示に関する世界調和システム(国連GHS)の実施を業界とともに促進

・国連GHSに基準/ハザードクラスを導入、適応、または明確化することを提案

・共通の基準と革新的なリスク評価ツールの開発を国際的(特にOECD)に促進し、それらの使用を促進し、とりわけ動物実験からさらにシフトする。

(2)第三国との協力

・アフリカ、近隣諸国や他のパートナーとの協力など、二国間、地域、多国間フォーラムでの国際協力とパートナーシップを通じて化学物質の健全な管理を促進し、化学物質を健全な方法で評価および管理する能力を支援

・EUで禁止の有害化学物質が輸出用に生産されぬよう国際公約に沿って模範を示す

・持続可能なコーポレートガバナンスに関するイニシアチブ内で、化学物質の生産と使用に関するデューデリジェンスを促進


3.まとめ

この戦略は、EU産業戦略、EU復興計画、循環経済行動計画、および医薬品戦略、水素戦略、電池イニシアチブなどの他のEUグリーンディール戦略およびイニシアチブを補完するもので、EUの「無公害への野心」への第一歩と位置づけられています。

「5つの政策」に示されたアクションプランの期限は附属書*2に纏められていますが、REACHおよびCLPに関連する改訂などはほとんどが2022年までに提案される予定になっています。

筆者が特に重要なメッセージとして捉えたのは、EUが持続可能な化学物質の管理を体系的に見直し、「法的フレームワークを統合し簡略化」して透明性と実効性を向上させようとする試みです。

その骨子は「一つの物質、一つの評価」であり、その中心にREACHとCLPを位置づけて統合を図っていく意図が感じられます。

欧州化学工業連盟(Cefic)からは、歓迎するものの具体性が欠けるなどの声明*3が出されていますが、EUの化学物質規制の底流に流れている理念を理解することができることから、今後のEUおよび世界の化学物質管理の方向を予測する上でご参考にして頂ければと思います。


(杉浦 順)


*1 無毒な環境に向けた持続可能性のための化学物質戦略(化学物質戦略)

https://ec.europa.eu/environment/pdf/chemicals/2020/10/Strategy.pdf

*2 附属書

https://ec.europa.eu/environment/pdf/chemicals/2020/10/Annex.pdf

*3 欧州化学工業連盟(Cefic)声明

https://cefic.org/media-corner/newsroom/cefic-welcomes-new-enforcement-and-innovation-proposals-in-new-chemical-strategy-for-sustainability-but-warns-missed-opportunity-and-uncoordinated-approach-risk-undermining-eu/


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