当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

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REACH規則における認可の機能の有効性について

2021年03月19日更新

はじめに

2007年6月に発効、施行されているEUのREACH規則は、基本的には人の健康や環境に悪影響を及ぼす物質の使用を排除していくことを目指しています。


しかしこうした物質が人間社会に一定の便益をもたらしている面もあります。 また既に使用されてそれらの代替物質あるいは代替技術への転換が容易でない場合もあります。


これに対応する仕組みの1つが認可であり、そうした物質の使用や上市は原則的には禁止されますが、一定の条件下では認めるものです。


認可はREACH規則前文22項にある様に、危険有害性の高い物質のリスクを適切に管理すると共に、EU域内の市場の良好な機能を保証すべきであるとされています。1)


2011年2月に最初の認可対象として6件の物質或いは物質群が同規則附属書ⅩⅣに収載2) されました。 以来、約10年が経過しましたが、2021年1月、ECHA(欧州化学物質庁)は、認可が仕組みとして当初の目標通り機能しているか否かを検証した報告書を公表しました。3)


これは2020年12月までにECHAのSEAC(社会経済分析委員会)およびRAC(リスク評価委員会)より意見書の出された全ての認可申請を対象に、これまでの認可による社会経済的影響を解析したものです。


今回はその概要及び今後の見通しについてご紹介することとします。


1.認可申請受理の状況

最初の認可申請の受理は2013年でしたが、これまでに346の事業者より、340の用途について213件の認可申請および4件のレビュー報告がなされ、288件の認可の決定が欧州委員会によりなされました。


現時点では認可対象物質として附属書ⅩⅣには計54entryが収載されています。 このうち認可申請期限が2020年末までである物質は、直近の2020年2月に追加された11物質4) を除く43物質で、それらのうち2020年12月時点で認可申請が受理されているのは、28物質です。


これらの物質に対して出された認可申請を以下の様に分類して解析しています:

(1) 物質:Cr(Ⅵ)化合物、ジグリム、EDC、クロム酸鉛、フェノール、フタル酸エステル、トリクロロエチレン、その他の8グループ

(2) 申請された用途:溶媒、活性薬剤原料、製剤、塗料、防腐剤、表面処理、軟化剤等々計11カテゴリー

(3) 年間使用量:1ton未満から100,000ton超まで7段階


用途申請件数は、当初は申請者の年間使用量による大きな差はありませんでしたが、次第に少ない年間使用量の物質についての用途申請が多くなっている傾向があります。


この理由として、川上事業者の大口使用が次第に減少してきたこと、また工業用界面活性剤等の用途のあるOPE(オクチロフェノールエトキシレート)およびNPE(ノニルフェノールエトキシレート)の認可申請がほぼ1企業に限定されてきたことが大口使用件数を減少させたことが挙げられています。


また国別の申請件数としては独、仏、伊、英、蘭で特に多く、これは全EUの化学品の売上のうち、これらの国において70%を占められている状況を反映しています。


2.認可取得申請時に企業側にかかるコスト

企業が認可を取得する場合、申請料金の他にコンサル費用、担当職員の人件費等がかかります。


申請料金は基本料金の他に、物質や用途の追加毎に加算されて決められますが、規模の小さな企業ほど負担の少ない様に、また複数企業が同一用途で申請すると割安となる様に設定されています。5)


本報告書では申請者からの回答により、1用途当りの申請コストは平均200千€、その構成割合は申請料1/4,職員人件費1/3、その他がコンサル費用等であると推定しています。そして2013~2019年の期間において全申請者合計で年間当り7~9百万€のコストがかかっているとしています。


また長いレビュー期間を勧告されている申請者ほど高コストである傾向がありますが、これは、短いレビュー期間の申請者ほど早期の代替物質・技術へ注力している可能性を指摘しています。


3.認可対象物質継続使用におけるリスクを上回る便益

認可を得るための要件として、申請者は認可対象物質の使用において人の健康や環境へのリスクが適切に管理されていない場合には、その継続使用が人の健康や環境へのリスクを上回ることを示さねばなりません。 このためこれらの継続使用に関わるリスクの社会的コストへの換算、すなわち労働者や環境を通じた一般人への有害な影響を数値化する必要があります。


そのリスクのコストは、多くの申請者では便益移転法を用いてきており、それは以下の式で算出されます。ここでWTP(Willingness to Pay、支払意思額)とは、新たながん患者に対して最大限支払う意思のあるコスト負担額です:

継続使用により新たに生ずる致死的あるいは非致死的がん患者の予想数×WTP

そして認可対象物質の使用継続による便益は、社会的割引率を4%として算出しています。


ECHAは7物質計109用途についての申請者から提出された情報を集計しました。 認可対象物質の使用継続による便益、リスクのコスト共に不確実性がありますが、ECHAは前者には低めの、後者には高めの修正を加えました。 その結果、各認可対象物質はいずれも継続使用による便益の価値はリスクのコストを上回り、前者合計8,695百万€に対し、後者合計470百万€、すなわち継続使用によりネットで8,225百万€の価値が得られるとの推定をしています。


最も便益やリスクのコスト額の大きな物質はCr(Ⅵ)化合物で、上記合計額の95%にもなる便益価値8,320百万€、 リスクコスト462百万€、ネットで7,857百万€の価値となっています。


なお安全なばく露レベルやリスクの定量化に信頼すべき方法が確立されていない物質もあります。 これらについては継続使用により環境への放出がなされている一方で、得られている便益を評価しており、各物質について単位放出量当りの便益価値額を提示しています。例えばOPEでは0.43百万€/kg、NPEでは1.2百万€/kgとなっています。


4.認可申請内容に対する欧州委員会からの勧告

提出された認可申請は、欧州委員会による認可附与の前に詳細な評価を受け、必要に応じて勧告がなされます。


まず認可が賦与されてもその物質の使用は有限のレビュー期間に限定され、この期間中認可保持者はその物質の使用を不要とすべく適切な代替物質や技術について検討せねばなりません。


認可を受けようとする事業者は申請時にレビュー期間を提案しますが、これに対して委員会からも勧告がなされています。


これまでに付与された認可のレビュー期間は、申請者からの提案では平均11.5年、最長27年に対し、委員会の勧告では平均8.8年、最長12年と短縮されています。


また人の健康や環境へのリスクの低減を図り、申請者側のリスク評価における弱点や不確実性を補うため、委員会より意見が出されることがあります。 例えばリスク管理法や操業条件の改善等を認可の要件として追加したり、特別な監視についての取り決めが要求されることがあります。こうした意見は申請用途件数の50%に対して出されています。


またレビュー報告書の提出要求も申請用途件数の67%に対して出されており、調査対象とした2013~2020年を通じてこうした傾向が強まっていることが指摘されています。


5.より安全な代替物質への取組み

ECHAが昨年6月に公表した調査報告 6) では、企業がより安全な代替物質への取組みを開始したタイミングは、その物質が認可対象へ指定されていく段階別に以下の様な割合となっており、過半数の65%は認可対象物質の指定勧告時あるいはそれ以降となっています:

(1) CLS(認可対象候補物質)への指定時…25%

(2) 認可対象物質への指定勧告時…21%

(3) 附属書ⅩⅣへの収載時…27%

(4) 認可申請中…17%


2020年末までに認可申請期限を迎えた43物質のうち、15物質には認可申請がなされていません。


またこれ以外に2020年2月に附属書ⅩⅣに収載された11物質は、認可申請期限がいずれも2021年8月以降となりますが、うち認可申請の動きのある2物質以外の9物質については認可申請はなされないであろうと予想しています。


従って合計54の認可対象物質の44%にあたる24物質については申請されないものと観ており、これらの物質は附属書ⅩⅣへ収載されたものの、他の物質や技術へ代替、あるいは使用が停止されたものと思われます。


また認可による有害物質使用量の削減効果として、2020年12月までに期限を迎えた24用途に附与された認可についての例が示されています。このうちレビュー報告書の提出されている8用途についてはその報告内容から、また他の16用途については、認可期限切れ後の使用量は0として、これら用途の認可対象物質の合計使用量は当初の19,168tonから認可期間を経て587ton へと、97%もの削減がなされています。


おわりに

以上、本報告書で述べられている内容をまとめますと以下の様です:

(1) REACH規則における認可のシステムは、認可附与に際し申請者へ要件を課すことによって、有害物質の使用を廃止し、より安全な物質や技術へと代替するための開発を促しており、これら物質による人の健康へのリスクや環境中への放出を低減させています。

(2) 適切な代替物質や技術がまだ利用可能でない有害物質の継続使用を認めることについては、それによるリスクを上回る社会的便益が得らており、EU市場の機能を損なっていることはありません。

(3) したがってREACH規則の認可は、全体として当初の目的を達成し、有効に機能しています。

人の健康や環境へのリスク低減と市場機能の維持との両立は大きな課題です。REACH規則の認可システムはその達成に向け、発足10年で貴重な成果を挙げたと観ることができます。


(福井 徹)


1)

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32006R1907&qid=1615442404896

2)

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A32011R0143

3) https://echa.europa.eu/documents/10162/13637/socioeconomic_impact_reach_authorisations_en.pdf/12a126f2-9267-1dcd-75e3-ce0f072918e4

4)

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex%3A32020R0171

5)

https://echa.europa.eu/-/application-for-authorisation-fees-adjusted

6)

https://echa.europa.eu/documents/10162/24152346/impact_rest_auth_on_substitution_en.pdf


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