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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

ECHAによる化学物質の規制上の主要課題分野に関する報告について

2024年09月06日更新


2024年6月12日、欧州化学物質庁(ECHA)は、2024年版の規制上の主要課題分野に関する報告書を公表しました。 1)この報告書は、有害化学物質から人と環境を守るために科学的研究が必要とされる分野について、詳細な情報を提供しています。本報告書は2023年に初版が公表 2)されており、今回公表された2024年版は前回の主要テーマに沿った内容を更新したものです。今回のコラムではこの報告書の概要についてご紹介します。



1. 報告書の根拠と目的

2020年10月14日に採択された「持続可能性のための化学物質戦略」(以降CSS)3)は、有害な化学物質から市民と環境をより確実に保護し、安全で持続可能な化学物質の使用を促進することで技術革新を促進することを目的としています。


そのなかで、欧州委員会がECHAに対して要求する事項のひとつとして、化学物質によるリスク評価のためのパートナーシップ(PARC) 4)との連携による、EU全体のヒトおよび環境バイオモニタリングを開発することを要請しています。PARCは、化学物質規制リスク評価に関する研究を推進し、知識を共有し、スキルを向上させることを目指した、7年間のEU全体の研究・イノベーションプログラムです。PARCプログラムの目的は以下の通りです。


・化学物質の安全性に関する現在および将来の課題に対処するために必要な科学的スキルを開発する。

・化学物質ばく露のリスクを評価・管理する役割を担う人々に新しいデータ、方法、革新的なツールを提供する。

・リスク評価に貢献するさまざまな科学分野の専門家を結集するネットワークを強化する。


本報告書は、PARC やより広範な研究コミュニティを支援し、活性化させることを目的として、科学的研究のニーズを特定したものです。さらなる研究が必要なテーマを列挙するだけでなく、なぜこれらのテーマが規制上重要なのか、そして新しい科学的知識がEUの化学物質管理においてどのように活用されることが期待されるのかを明らかにしています。また、この報告書により、研究者と規制当局の対話と支援を改善することを目指しています。



2.報告書の主要テーマ

本報告書は4つの主要テーマに切り分けて説明されています。なお、4つの主要テーマは、2023年版と2024年版では変更がなく、それぞれの内容を補足しているかたちになっています。これらの主要テーマは、2024年1月30日ECHAが公表した戦略ステートメント2024-2028 5)における5つのゴールのうちのひとつである「化学の知識と専門知識をリードする」のなかで示されている達成すべき目標の内容に沿うものです。ここでは、各主要テーマの概略を説明します。


(1)きわめて有害な化学物質からの保護

CSSは、化学物質の潜在的な有害作用のうち、適切な試験方法が乏しい、または全体的に不足している、あるいは作用の根底にある毒性メカニズムがまだよく理解されていないなど、現在のところ同定の可能性が限られているものに焦点を当てています。


本章では、ヒトや環境生物の免疫系、神経系、内分泌系の障害に対する影響を取り上げています。これらの影響は、これまで最も有害であるとされていた発がん性、変異原性、生殖毒性(CMR特性)と同様に注目されるべきものであるとしています。本章では、有害な化学物質からの保護の必要性を強調し、免疫系、神経系、内分泌系の障害に対する影響の特定と理解におけるギャップに焦点を当てています。


内分泌かく乱性(ED)については、CLP規則において、危険有害性分類として採択され、新たな基準が定められましたが、免疫毒性と神経毒性については、現在のところ、「特定標的臓器毒性」と「生殖毒性」という危険有害性分類の範囲に含まれており、固有の調和された分類はありません。そのため、これらの毒性を評価する現状ならびに将来的な手法について、規制の分類に基づく評価手法と差異が生まれていることが指摘されています。


なお、本報告書では、REACH規則、殺生物製品規則およびCLP規則における免疫毒性および神経毒性に関する現行の規制構造を附属書Ⅰにまとめています。


(2)環境における化学物質汚染への対応

CSSで認識されているように、化学汚染は生態系の悪化と生物多様性の損失をもたらす主な要因のひとつとなっています。難分解性化学物質の放出は、環境中の濃度を高めることにつながり、このような化学物質の濃度が増加すると、野生生物や人間に悪影響を及ぼす可能性が高くなります。


化学物質がPBTおよびvPvB基準を満たす場合、その難分解性(P)、生物蓄積性(B)、毒性(T)をREACH規則の附属書XIIIまたはCLP規則の附属書Iの危険有害性基準と照合しても、そのような化学物質の環境中における安全濃度を設定することはできません。


PBTまたはvPvB化学物質は環境中に蓄積し、その難分解性のために排出を停止しても環境中濃度の減少につながらない可能性があります。さらに、PBTまたはvPvB化学物質は、遠隔地を汚染する可能性もあり、このような化学物質へのばく露による長期的影響を予測することは困難です。そのため、PBT/vPvB化学物質を特定するための適切な方法は、野生生物と人間を保護するために最優先事項であるとしています。


化学物質の影響による生態系へのリスクを管理するうえで重要な要素のひとつは、化学物質と生態系との多様な相互作用に効率的に対処できる、新たな安全性評価手法(以降NAMs)の開発であり、モニタリング手法や分析法の開発も、環境中の化学物質がもたらす新たなリスクを特定するうえで重要な要素となっています。


さらに、本テーマでは、化学物質の生物濃縮ポテンシャルの評価や、殺生物活性物質に対するハチ以外の受粉媒介者(NBPs)の感受性の評価、さらには環境中に存在する化学物質をモニタリングし、分析的に検証するための新たなアプローチを開発することの重要性について、研究の必要性を説明しています。


(3)動物実験からの脱却

CSSは、現行の規制の枠組みを改善し、適切なハザードとリスクの特徴を明確にすることで、化学物質をより速い段階で規制することを目的としています。予想される規制の変更(CLP規則への新しい危険有害性分類の導入など)は、動物実験の追加につながる可能性がありますが、一方で、CSSは動物実験への依存度を下げる必要性を強調しています。NAMsの開発は、動物実験の代替を目指すこの方向性と密接に関連しています。


最近まで、NAMsの開発は、特定の規制エンドポイントごとに動物実験を完全に置き換えることを目指しており、このような開発は、比較的単純なエンドポイント(皮膚感作性など)で、有害作用とそのメカニズムが比較的よく理解されている場合に成功しています。ただし、より複雑なエンドポイントに対するNAMsの開発は、現状あまり成功していません。


化学物質管理プロセスが動物実験から脱却するためには、ハザード同定を支援するために現在実施されているin vivo(生体内評価)の代替または使用量を削減するために、NAMsに基づく(in vitro(試験管内評価)またはin silico(数値計算やシミュレーションに基づく評価)など)方法を開発する必要があります。本テーマでは、リードアクロス、ADME(吸収・分布・代謝・排泄)、生理学的動態モデル、短期・長期魚毒性、発がん性など、さまざまな研究分野を取り上げています。


(4)化学物質データの利用可能性の向上

化学物質データの利用可能性の向上 欧州における化学物質の健全な管理は、確実で適切な最新の知識に基づいて意思決定を行うことが必要です。EUは数十年にわたり、化学物質管理とリスク評価のための豊富な情報を生み出し、人の健康と環境を適切に保護してきましたが、多くの物質に関する包括的な情報は依然として不足しています。本テーマでは、そのなかでも、ポリマーとナノマテリアルに特に注目しています。さらに、規制化学物質や認可対象化学物質の存在を適切に評価するための分析方法が利用可能かどうかも、化学物質管理の効率性を制限する重要な要素であるとしています。



3.まとめ

現状、化学物質の規制を行ううえで、規制の複雑さや専門用語が異なること、研究成果の利用における制限などにより、研究者のコミュニティと規制当局の間にギャップが生じています。今回の報告で、明らかにされている情報や提起された課題を双方が共有することにより、この隔たりを埋めることに繋がります。ECHAは、この報告とともに今後も科学者に研究への支援を求め、協力を促進し、共通の理解を生み出すよう呼びかけるとしています。


(柳田 覚)




2)2023年11月15日 ECHA’s news


3)持続可能性のための化学物質戦略(ECHAの紹介サイト)


4)化学物質によるリスク評価のためのパートナーシップ (PARC)


5)ECHA戦略ステートメント 2024-2028

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