- tkk-lab
TSCAに基づく既存化学物質の評価に関する動き
2019年4月12日更新
米国の化学物質規制の中心として、連邦法の有害物質規制法(TSCA)が挙げられます。TSCAは2016年6月に大きく改正され、既存化学物質のリスク評価に関する内容が強化され、2017年7~8月にかけて関連する次の3つの下位規則が公布されました。
TSCAインベントリー届出(アクティブー/インアクティブ)要件に関する規則
リスク評価のための化学物質の優先順位付け手続きに関する規則
化学物質のリスク評価手続きに関する規則
これら下位規則の概要や関係性については、「J-Net21「ここが知りたいREACH規則」のコラム(2017年8月25日付) 」*1で紹介されていますが、今回はこれらの規則に関する最近の動きを整理します。
1.TSCAインベントリー届出(アクティブ/インアクティブ)要件に関する規則に関する動き
従来のTSCAインベントリー*2のうち、2006年6月~2016年6月までの10年間で米国市場において製造・輸入等の実績がある物質についてはアクティブとして指定され、残りがインアクティブとして指定されます。
2019年2月に、86,288物質についてアクティブ/インアクティブ指定され、TSCAインベントリーが更新されました 。更新されたTSCAインベントリーでは、半数弱の40,655物質がアクティブ指定され、残りはインアクティブ指定となり、90日後の2019年5月21日からインアクティブ指定が適用されます。
インアクティブ指定された物質は、米国市場に過去に流通していたものの、現状は流通していない物質であり、これらの物質の製造・輸入等を新たに開始または再開する企業は、製造・輸入等の90日前までに、企業情報や物質情報を示す活動届出(Notice of Activity:NoA FormB*3) を提出しなければなりません。そのため、これまでのTSCAインベントリーの収載有無の確認に加え、収載されていたとしてもアクティブ/インアクティブ指定もあわせて確認することが必要になります。
2.リスク評価のための化学物質の優先順位付け手続きに関する規則に関する動き
米国市場において直近で製造・輸入実績があるアクティブ指定物質について、所管当局である米環境保護庁(EPA)は、リスク評価対象とする物質の優先順位付け*4を行い、高優先物質および低優先物質に指定します。
EPAは2019年3月20日、初めての候補物質として、高優先候補として塩素系溶剤やフタル酸エステル類、難燃剤など20物質、低優先候補として20物質、合計40物質を発表 しました。これらの物質については、2019年12月までに最終的な優先順位付けが実施される予定となっています。
3.化学物質のリスク評価手続きに関する規則
優先順位付けの結果、高優先物質に指定された物質に対して、3年間にわたるリスク評価手続きが実施され、危険有害性やばく露をもとに物質の使用条件下において、人の健康や環境に対して不当なリスクをもたらすか否かが判断されます。その結果、不当なリスクをもたらすと判断された場合には、規制措置が検討されることになります。
現時点では、リスク評価手続きの対象となる高優先物質は指定されていませんが、2016年12月に初期リスク評価対象物質として、次の10物質が特定され、3年以内にリスク評価を実施することが発表されていました。
アスベスト(CAS番号1332-21-4)
1-ブロモプロパン(CAS番号106-94-5)
テトラクロロメタン(CAS番号56-23-5)
1,4-ジオキサン (CAS番号123-91-1)
脂肪族臭化物類(HBCD類)(CAS番号25637-99-4、3194-55-6、 3194-57-8)
ジクロロメタン(CAS番号75-09-2)
N-メチルピロリドン(NMP)(CAS番号872-50-4)
ピグメントバイオレット29(CAS番号81-33-4)
ペルクロロエテン(CAS番号127-18-4)
1,1,2-トリクロロエテン(TCE)(CAS番号79-01-6)
このうち、ピグメントバイオレット29のリスク評価案*5が2018年11月に公表 されており、リスク評価の結果、同物質による人の健康や環境への不当なリスクはないと結論付けています。なお、EPAは2019年12月までに上記10物質のリスク評価を最終化する予定です。
現時点では、上記の流れを踏まえて「不当なリスク」があると判断され、規制措置が検討されるまでには至っていませんが、TSCA改正時点において、TSCA第6条に基づく禁止・制限措置の検討対象として、特定用途で使用される次の3つの物質が挙げられていました。
脱脂洗浄剤およびドライクリーニングの汚れ除去剤、特定の消費者向け製品で使用される1,1,2-トリクロロエテン(CAS番号79-01-6)
塗料および剥離製品で使用されるジクロロメタン(CAS番号75-09-2)
塗料および剥離製品で使用されるN-メチルピロリドン(CAS番号872-50-4)
これらについては、2017年1月に禁止規則案が公表されており、このうち、ジクロロメタンについては2019年3月27日に「消費者向けの塗料および剥離製品で使用されるジクロロメタンの製造・輸入、加工、販売を禁止する規則」*6が公布 され、5月28日から適用することが発表されました。本規則では主として次の義務が企業に課されています。
消費者向けの塗料および剥離製品で使用されるジクロロメタンの製造・輸入、加工、販売を禁止
ジクロロメタンを含む消費者向け塗料および剥離製品の小売業者への流通および小売業者による販売を禁止
ジクロロメタンの製造者等は所定の文言(This chemical/product is not and cannot be distributed in commerce (as defined in TSCA section 3(5)) or processed (as defined in TSCA section 3(13)) for consumer paint or coating removal.)」をSDSに明記することで、流通や加工に関する禁止事項を提供先に伝達するとともに、3年間の記録保管
また、上記禁止規則は消費者向けの塗料および剥離製品が対象ですが、EPAは上記禁止規則とともに、産業用途の場合は不当なリスクを受けることがないよう必要な訓練を受けていると認証された労働者のみが、ジクロロメタンを含有する塗料および剥離剤を使用することができるようにする等の要件案*7を公表 し、認証の仕組み等について意見募集を行っており、産業用途の場合の規制措置について継続して検討しています。
このように、2016年6月のTSCA改正から3年弱が経過し、TSCAに基づく既存化学物質管理の活動は徐々に進展しています。今回取り上げた内容のうち、企業に具体的な対応が求められるのは、「インアクティブ指定物質」および「禁止・制限規則」に関する内容のみですが、その間の優先順位付けやリスク評価の流れの状況を確認しておくことで、今後の規制化の動き等を早期に把握することができます。
(井上 晋一)
*1: J-Net21「ここが知りたいREACH規則」のコラム(2017年8月25日付)
http://j-net21.smrj.go.jp/well/reach/column/170825.html
*2: TSCAインベントリー
https://www.epa.gov/tsca-inventory/how-access-tsca-inventory
*3:NoA FormB
https://www.reginfo.gov/public/do/DownloadDocument?objectID=70881000
*4:優先順位付けの対象物質リスト
*5:ピグメントバイオレット29のリスク評価案
https://www.epa.gov/sites/production/files/2018-11/documents/draft_pv29_risk_evaluation_public.pdf
*6:消費者向けの塗料および剥離製品で使用されるジクロロメタンの製造・輸入、加工、販売を禁止する規則
*7:ジクロロメタンを含有する産業用塗料および剥離製品の取扱い要件案