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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

化学物質戦略の実施に関するハイレベル円卓会議の共同報告書について

2022年01月28日更新

2020年10月14日、欧州委員会は、欧州グリーンディールの重要な取り組みである無毒環境に対するEUのゼロ汚染を実現するためのステップとして「持続可能性のための化学物質戦略」 1)を発表しました。(持続可能性のための化学物質戦略の詳細については、2020年10月30日 2)、2020年11月24日 3)の当コラムにて御確認頂けます。)


2021年11月25日、欧州委員会は持続可能性のための化学物質戦略実施に関するハイレベル円卓会議を開催し、化学物質規制法の遵守と執行に関する共同報告書 4)が採択されたと発表しました。今回のコラムでは、本会議で議論され、採択された報告書の提言を中心としてご紹介します。


1.化学物質戦略の実施に関するハイレベル円卓会議

欧州委員会は2021年5月に戦略の目的実現を支援し、関連する利害関係者との対話を確立するために、化学物質戦略の実施に関するハイレベル円卓会議を設立しました。5)


ハイレベル円卓会議のメンバーには、議長国を務める加盟国、3つの国際機関(OECD、WHO、UNEP)、および市民社会、科学、産業界などの32人の利害関係者が含まれています。


ハイレベル円卓会議の具体的な任務としては、戦略の主要な目標について欧州委員会と利害関係者の間で定期的に意見、経験、優良事例の交換を行うこととされており、以下のような目的が明示されています。


・材料や製品を含む、安全で持続可能な化学物質のための技術革新を行う。

・環境と健康に関する差し迫った懸念に対処する。

・法的枠組みの簡素化と統合を図る。

・化学物質に関する包括的な知識のベースを提供する。

・化学物質の健全でグローバルな管理のための模範を示す。


2.共同報告書の提言

本報告書は法規制の遵守やオンラインの世界における化学物質を対象とした主な問題、主な障壁とギャップ、利害関係者との関係について説明されており、それらをテーマごとにとりまとめた10の提言が明示されています。 以下では提言を中心としてその背景や付帯する説明を含めて、ご紹介します。


提言1:不適合の企業、物質、および製品への対処


違反者を特定して公表する必要がある。不適合の企業は制裁を受け、不適合の物質または製品は適合させるか、市場から回収する必要があり、管轄当局は、特定された違反を適切にフォローアップする必要がある。また、管轄当局は違反者と執行措置を公表し、不適合の企業、製品、化学物質の詳細を消費者組織と共有することが必要であり、そのことにより消費者組織は自己の伝達経路を介して消費者に直接警告することができる。


現状、不適合の物質、製品、企業の透明性が欠如していることは、法規制の完全な遵守に対する重大な障壁となっています。 また、国家執行機関が不適合の化学物質、製品、サービスの製造者、使用者、供給者に対して既存の制裁を一貫して執行するためのリソースが不足しているという背景もあります。


提言2:登録やリスク管理対策が、法規制の遵守や適切なデータ作成を促すようにする必要がある。


法規制が遵守されていない場合、REACH登録番号の取消を検討する必要があり、繰り返しや悪質な違反の場合は、より高い罰則を科すべきである。


現状、ほとんどの国家執行機関が行っている制裁は非抑止的で、それほど厳しくないため、不適合が発生する誘因となっている背景があります。


提言3:不適合を誘引する状況が多く存在する


EU市場に化学物質、製品、およびサービスを供給するすべての事業体が当局から見えること、およびそれらが関連する規制の対象となることが重要である。不適合の化学物質はEUに輸入されるべきではなく、その対策として税関組織への投資が必要である。国家執行機関と欧州化学品庁の追加的な作業と必要な資源を確保するために、不適合の物質、書類、製品に対して検査・適合性チェックの手数料を課すべきであるが、手数料や罰則の制度は、遵守している供給者にコストを負担させてはならない。



現状では、税関当局が製品安全について明確な権限を持ちあわせていないため、市場監視当局との緊密かつ効率的な協力を必要としています。


提言4:調和のとれた協調的な執行


REACH規則およびその他の関連法規は、制裁措置の種類とレベル、および各加盟国の化学品取引のレベルに応じた検査などの人的資源のレベルを含めて、加盟国間で執行に関する調和されたアプローチを適用する義務を含むべきである。


管轄当局が利用できるリソースが限られていることを考慮すれば、公的な管理は、重複を避けるために、EUで合意された機能的手順(例:管理方法、文書へのアクセスなど)を通じて、EU全体で共有、調整、合理化されるべきである。


現状では、重要な措置、制裁措置、リソースが加盟国間で異なっていることが大きな問題となっています。


提言5:執行機関への支援


将来的な欧州監査機能は、ベンチマーキングやベストプラクティスの共有を含め、この分野における加盟国の執行能力を支援するメカニズムを含むべきである。


現状では、EU当局(税関、欧州不正防止局、欧州化学品庁)と加盟国のさまざまな執行当局との間における調和と効率的な協力は未発達の状態であり、定型化され、法的に義務化されることが望まれています。


提言6:執行のための十分なリソースと資金導入


関税はEU独自の資源であり、現状では加盟国の税関当局および市場監視当局のニーズを満たすため、利用されてはいない。将来的に法規制の遵守や市民の保護を目的として、これらの当局が適切な人的、財政的、情報技術(IT)のリソース確保に対する関税からの負担義務を導入するべきである。


現状、加盟国間で執行活動に利用できるリソースは大きく異なっており、総じて高いレベルではないことが大きな問題となっています。 加盟国は管理と執行のための資金を優先的に確保することが求められています。


提言7:標準的な分析方法と検査能力を持つ検査機関のネットワーク化


欧州委員会は、市場監視規則の下での権限を行使して、統一された条件と検査頻度を確立し、共同市場監視行動と共同分析試験を促進することにより、調和の取れた執行を行うべきである。


また、検査容量を拡大し、加盟国の情報収集を助けることのできるEU指定の検査機関のネットワークを確立する必要があり、EU以外の試験所においても適切な分析基準が確保されなければならず、混合物や成形品の含有量を分析する目的の試験は、認定された試験所を通して実施されるべきである。


現状、潜在的な技術的制約と取引される製品の量が非常に多いことが、障壁や課題となっています。 さらに、標準化された分析試験方法と試験所の能力が充足していないため、問題は複雑化しています。


提言8:輸入品の対処およびオンライン・プラットフォームの責任の明確化


オンライン販売と輸入に対処するためには、オンライン小売業者の責任を明確に定義したうえで、現行のEU化学物質関連法の中に含めるなど、新たな執行手段が必要である。オンライン・プラットフォームは、所在地にかかわらず、取引者および製品情報の透明性を高めるなど、明確な義務を負わなければならない。


デジタルサービス法および一般製品安全規制の提案に合わせて、オンライン・プラットフォームが化学物質および製品に関するEU法規制を遵守することを保証するための規制および執行手段が必要とされている。


通常、消費者製品には税関当局が容易に特定できない、または複雑な分析手順を必要とする可能性のある多くの物質が含まれているという背景があります。 また、オンラインマーケットプレイスが「経済事業者」または「輸入業者」として定義されていないため、当局が取締りのための適切な手段を有していない背景もあります。


提言9:規制当局、民間企業、市民社会間のデータの協力と共有


安全ではない化学物質、混合物、製品は、社会のあらゆる関係者によって認識され、報告される可能性がある。これには、企業が競合他社の不適合の物質や製品を指摘することや、従業員が自社内の不適合に目を向けることも含まれる。内部告発の仕組みには、企業が自らを守ることができるような明確なプロセスが必要であり、不当な告発を排除する必要がある。



現状、EUや加盟国レベルでは、消費者による内部告発や潜在的な不適合の事例を報告し、その結果、強制措置がとられるような明確な仕組みがないという背景があります。


提言10:第三国との協力関係の強化の必要性


欧州委員会は、EUと第三国の税関当局および化学物質担当当局との間の協力協定を構想すべきである。EUにおける化学物質規制の施行と遵守体制を実現し、持続するためには、オンラインや第三国からの輸入を含め、EU市場内で不適合の化学物質、製品、サービスが生産、使用、購入できないようにすることが必要である。


現状、第三国に設立されたオンラインマーケットプレイスやウェブショップを介して販売される製品の管理およびEU化学物質規制への適合性を確保することは、重要な課題となっています。


3.まとめ

持続可能性のための化学物質戦略は、化学物質法の施行を強化して不適合を減らし、不適合に対してゼロトレランスアプローチに移行することを目的としているため、今回の提言においても違反や不適合については、罰則の強化やコスト負担を求めています。


一方で法規制の遵守の仕組みとして、税関と管轄当局の連携強化や各法規制の調和、電子パスポートによる製品情報の伝達など新技術の活用についても言及されています。 また、中小企業の中には複雑な化学物質規制による法的義務を十分に理解していない場合があるため、対応できるように支援することも重要であると説明されています。


共同報告書の内容は、利害関係者の議論の結果であり、法規制の改定にそのまま反映されるものではありませんが、EUにおける化学物質法規制の現状や課題を理解することにより、将来的な法規制の改正に対して迅速に対応ができると考えます。


(柳田 覚)


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