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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

  • 執筆者の写真tkk-lab

ビスフェノールAの光と陰

2023年08月18日更新

1. ビスフェノールAについて

ビスフェノールAは化学名を「4,4'-Isopropylidenediphenol」といい、感熱紙の顕色剤のほか、エポキシ樹脂やポリカーボネート樹脂を製造する際の原材料となるなど数多くの用途に使用されている物質です。ビスフェノールAの構造的な特徴は、2つの水酸基とフェニレン基(ベンゼン環)を持つところにあります。 2つの水酸基は反応点として機能するため、この官能基と反応するモノマーなどと組み合わせることで高分子化し、先にあげたエポキシ樹脂やポリカーボネート樹脂などの合成樹脂を製造することが可能となります。 また、2つのフェニレン基は高分子化した際に主鎖に剛直なベンゼン環が組み込まれるため、合成された樹脂の機械的性質などを高めるのに有効と考えられています。



2. 社会経済的便益(Socio-economic benefit)

ビスフェノールAを単体で使用する用途としては感熱紙の顕色剤があります。感熱紙は加熱部分が発色する紙として「レシート」「切符」など私たちの身近な用途として数多く使用されています。 感熱紙の利便性が高い理由は、熱をかけると発色する仕組みのため、例えばインクジェットプリンタと比較してインクやトナーが不要でプリンタヘッドの構造も単純にできることがあげられます。 感熱紙の発色は感熱紙に塗布したロイコ染料と顕色剤が加熱されて溶融する結果、ロイコ染料の構造が変化することで発生します。 この顕色剤の条件としては、融点がロイコ染料のもの(170℃付近)と近く、溶融しやすい性質をもつ必要があります。 ビスフェノールAはこれらの条件を満たす顕色剤として長年選択されてきました。


原材料としてのビスフェノールAは、塗料や接着剤に使用されるエポキシ樹脂や汎用エンジニアプラスチックであり、メガネレンズや車のヘッドランプなどに使用されるポリカーボネート樹脂を製造するためなどに用いられます。 その製造量は近年においても日本国内:416,535t (2020年)(*1)、EU:1,000,000t(*2)以上など高水準です。 このことから、ビスフェノールAは工業的に重要な物質として利用されていることが伺えます。


3. 人の健康または環境へのリスク(Risk to human health or environment)

ビスフェノールAは1990年代後半から内分泌系への影響が懸念される物質として、社会的に関心が高まりこれまでに内分泌系などへの影響を調べるための試験研究が数多く行われています。 試験研究の結果からは、ビスフェノールAがエストロゲン様作用(エストロゲン:女性ホルモン)を示し、特定の受容体に特異的に結合して、受容体を活性化する物質(アゴニスト)として働くことが指摘されています。


上記のような試験研究結果を受けてビスフェノールAは2017年1月の決定ED/01/2017にてREACH規則の第57条に該当する物質として、CLSに収載されています。 第57条の区分においては(c)生殖毒性で特定され、その後(f)内分泌かく乱特性(人間への影響)、(f)内分泌かく乱特性(環境への影響)が追加されています。(*3)


なお、合成高分子の原材料として使用されるビスフェノールAは、高分子中に組み込まれるため、有害性のリスクは小さいとされています。 ただし、製造工程の段階で未反応のビスフェノールAが残留している可能性がありますので、この点には注意を払う必要があります。


4. 規制法の動向(REACH規則)

先述した感熱紙の顕色剤用途で使用されるビスフェノールAについては、REACH規則の附属書ⅩⅦ(エントリー66)により制限されています。 制限の条件は「0.02重量%以上の濃度で感熱紙として市場に出してはならない」です。 この規制の結果、EUでは類似構造をもつビスフェノールSへの代替がすすんでいきました(*4)。しかしながら、代替品となったビスフェノールSについても有害性が懸念され、ベルギーによりREACH 規則で定められた有害性に関する物質評価のプロセスであるCommunity Rolling Action Plan (CoRAP)による評価が実施されています。 2023年4月に公表された評価結果によるとビスフェノールSは「SVHCとしての識別(認可)」や「制限」の必要性について指摘されています(*5)。 この結果は規制に伴い代替した物質にも有害性があるといういわゆる「残念な代替品」の事例の一つとなると考えられます。 このような状況の中、EUはビスフェノールAやビスフェノールSなどをビスフェノール類として包括的に規制する制限案を公表しています(*6)。 現時点(2023年8月)で制限案として提示されている条件は、以下となります。


・10 ppm(0.001重量%)以上の濃度の混合物および成形品の上市を禁止する。

(制限値はすべてのビスフェノール類の合計値)

 

適用除外

・ビスフェノール類を架橋剤などあらゆる種類のマトリックスに共有結合しているか、またはポリマー製造の中間体としての使用している場合。

・耐用年数全体を通じて合理的かつ予見可能な使用状態でいかなる形態の水性媒体との接触も排除できる場合。

・それぞれの混合物および成形品中の移行限界が全耐用年数にわたって0.04 mg/Lを超えない場合。


この制限案ではすでに有害性を評価しているビスフェノールAやビスフェノールSをはじめとした5種類のビスフェノール類がリストされています。 ただし、このリストは委員会手続きに従って改正できるものとなっていますので、有害性に関して未評価の物質であっても構造としてビスフェノール類に該当すると判断される場合、この制限案が適用されていくことになります。 欧州化学品庁(ECHA)は、加盟国と148種のビスフェノール類を評価し、30種以上のビスフェノール類がホルモンや生殖毒性に影響を及ぼす可能性があるため、規制が必要であると勧告しています。


なお、ビスフェノールAを原材料として合成される高分子のエポキシ樹脂やポリカーボネート樹脂は、適用除外の「ビスフェノール類を架橋剤などあらゆる種類のマトリックスに共有結合しているか、またはポリマー製造の中間体としての使用している場合。」にあたります。 したがって、未反応などで残留するビスフェノールAが規制値以下であれば、この制限案からは除外されることになります。


引用

(*1)経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編(2020年)


(*2)REACH規則:登録情報


(*3)CL物質:ビスフェノールA


(*4) 感熱紙のビスフェノールAはビスフェノールSに置き換えられつつあるとの報告


(*5)物質評価:ビスフェノールS


(*6)ビスフェノールA制限(案)


(*7) ビスフェノールのグループ評価により制限の必要性を特定

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