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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

電池指令から電池規則へ~EUグリーンディールの具体化モデル~

2021年04月16日更新

2020年12月10日付で電池指令((EC)2006/66)に代わる新電池規則案(COM(2020) 798)(*1)が告示されました。


新電池規則案の説明覚書(EXPLANATORY MEMORANDUM)や前文を読むと、「EUグリーンディール」(*2)「EU新産業戦略」(*3)「新循環経済行動計画」(*4)「持続可能でスマートなモビリティ戦略」(*5)などの戦略との関連が示されています。


新電池規則案は、気候中立性(climate neutrality)、カーボンフットプリントや適合宣言としてCEマーキングの導入など、現行電池指令に追加された項目があり、PDF版では150ページを超える大きな変更が提案されています。


今後、EU理事会、議会で審議され、修正もあるとは思いますが、EUの新たな環境戦略が見える気がします。


1.EUグリーンディール戦略

(1) 6つの優先課題

ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン(Ursula Gertrud von der Leyen)第13代EU委員会委員長(2019年就任)は、6つの優先課題(*6)を掲げました。

i.EUグリーンディール(A European Green Deal)

ii.人々のための経済(An economy that works for people)

iii.デジタル時代にふさわしいEU(A Europe fit for the digital age)

iv.EU的生き方を推進する(Promoting our European way of life)

v.国際社会でより強いEUとなる(A stronger Europe in the world)

vi.EUの民主主義をさらに推進する(A new push for European democracy)


(2)EUグリーンディールの包括的な目標

環境政策の基本となるのがEUグリーンディールで、次の包括的な目標を示しています。

i.2050年までにEU全体で二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロにする炭素中立(カーボン・ニュートラル)の実現を目指す

ii.温室効果ガス(GHG)の排出削減目標を1990年比55%減に引き上げる


この目標に向けて、基本対策が示されています。

i.二酸化炭素(CO2)を多く排出する輸入品に対して国境炭素税を導入

ii.気候変動に対する企業の耐候性、レジリエンス(耐性・回復力)および準備を強化

iii.再生可能エネルギー発電の拡充(石炭発電の廃止と天然ガスの脱炭素化を補完)

iv.これらの取組支援を含め、EU経済の復興に5,000億ユーロ規模の基金を設立


(3)EUグリーンディールの8つの要素(*7)

EUグリーンディールは温暖化防止のための省エネ、エネルギー転換戦略と思いがちですが、以下に示す8つの要素のように、総合的な戦略です。

i.EU の 2030 年と 2050 年の気候目標を高くする

・「Climate Law」を立案し2050 年までに気候中立目標を法制化する。

ii.手頃で安全なクリーンエネルギーの供給

・気候中立への移行のためには、スマートなインフラも不可欠である。

iii.産業をクリーンな循環型経済へ動員する

・気候中立と循環型経済を実現するのに、産業界全体を動員する必要がある。

iv.エネルギー効率・資源効率が高い建設と改修

・建物のエネルギー効率に関する法律を厳格に施行する。

v.持続可能なスマートモビリティへの転換の加速化

・複合輸送を強力に推進する必要がある。

vi.「農場から食卓まで」:公平で健康的な環境に優しい食品システム

・持続可能な食品消費とすべての人のために手頃で健康的な食品を奨励する。

vii.生態系および生物多様性の保護と再生

・すべての EU 政策はEUの自然資本の保護および再生に寄与する

viii.汚染のない環境を目指すための汚染ゼロ目標

・汚染ゼロの環境を保証するために、持続可能性を目指した化学戦略を提示する。

(注:化学戦略については、当サイトの2019年11月24日掲載コラム参照)


2.新循環型経済行動計画

「EUグリーンディール」および「EU新産業戦略」を展開した環境に優しい経済の実現、競争力と環境保護の両立、消費者の権利強化を目的とする「新経済行動計画」が策定されました。「新経済行動計画」は次の項目などが計画されています。


(i)EUでの持続可能な製品の標準化

EU市場で販売される製品が長持ちし、リユース(再使用)・修理・リサイクル(再生利用)が容易で、一次原材料の代わりにできるだけ多くのリサイクル材を使用する設計となるようにする。

使い捨ての製品を規制し、製品の早すぎる陳腐化への対策を講じ、売れ残った耐久財の破棄を禁止する。


(ii)消費者の権利(エンパワーメント)

製品の修理可能性や耐久性などに関する信頼できる情報を消費者に提供し、消費者が環境の持続可能性に配慮した選択をするよう促す。消費者は、真の「修理する権利」から恩恵を受ける。


(iii)資源の使用量が最も多く、潜在的に循環性が高い産業分野を重視

・電子機器および情報通信技術 ― 製品の長寿命化と廃棄物の回収と処理の改善

・電池および車両 ―電池の持続可能性向上と循環型モデルへの移行可能性を高めるための新たな規制枠組み (電池に関する新しい規制枠組みに)

・包装 ―(過剰)包装の削減など

・プラスチック ―再生材料の含有量に関する必須要件、マイクロプラスチックと生物由来・生分解性プラスチックへの特別な注意

・繊維 ―繊維産業の競争力とイノベーションを強化し、EU市場における繊維の再利用を促進するための新たなEU繊維戦略

・建築および建物 ―建物分野循環型モデルの原理を促進し建築環境の持続可能性に関する包括的な戦略

・食品 ―食品産業における使い捨て包装・食器類の再使用可能な製品への置換


(iv)ごみの減量

ごみを全く出さないこと、ごみの二次資源への転換を重視


これら計画が政策や法規制として、これから具体的になっていきます。


3.電池規則案

電池規則案は電池指令の改正ですが、前項までにご説明しましたライエン委員長の掲げる6つの優先課題の先行モデルともいえます。


電池規則案の構成は、前文110文節、13章79条項、附属書14です。電池指令からの主要変更点のなかで、今後の規制が垣間見られる事項を解説します。

(1)基本的事項

電池規則案は、“Text with EEA relevance”となっていますので、EU及びEEA加盟国(アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)に適用となります。

前文からは、コバルト、リチウム、ニッケル、鉛などのレアマテリアル対応やコンフリクトミネラル対応などの他の戦略との調和も考慮していることがうかがえます。


なお、(EUの機能に関する条約(Treaty on the Functioning of the European Union:TFEU)第114条(加盟国法の平準化)を踏まえて採択されました。現電池指令はEC設立条約の第175条1項(TFEU 第192条)で制定されていますので、地域の事情や多様性を考慮していましたが、電池規則は平準化されます。


改正はEU委員会に委任されており、コミトロジ手続きで行われます。


(2)対象となる電池(第1条)

対象となる電池は、形状、容積、重量、デザイン、材料構成、用途または目的を問わず、携帯型電池、自動車用電池、電気自動車用電池ならびに産業用電池のすべての電池に適用されます。また、他の製品に組み込まれている、または他の製品に追加(added)されている電池にも適用されます。

なお、軍事用及び宇宙用電池は対象外です。


(3)有害化学物質規制(第6条)

REACH規則((EC)1907/2006)の附属書XVIIの制限(物質とその用途の制限)が適用されます。

附属書I(有害物質の制限)で、水銀とカドミウムは次の制限がされます。


(i)水銀は電池に0.0005重量%、ELV指令((EC)2000/53)では均質物質中で0.1重量%を超えてはならない。

(ii)カドミウムは、電池に0.002重量%を超えてはならない。

ただし、緊急ライトを含む緊急及びアラームシステム及び医療用機器は適用しない。

(iii)ELV指令では、均質物質中で0.01重量%を超えてはならない。

ELV指令附属書IIの除外は認められる。


ニカド電池が使用できることになります。


なお、RoHS指令((EU)2011/65)は前文第14文節で電池指令を損なうことなく適用するとしています。電池にはRoHS指令が適用されません。

 

(4)カーボンフットプリント(第7条)

以下の電池にカーボンフットプリント宣言を含む技術文書(Technical Documentation)の添付が要求されます。


(i)内部ストレージ付き容量2kWh を超える電気自動車用電池  

(ii)充電可能な産業用電池


附属書IIにカーボンフットプリントの計算方法に関する必須要素を規定しています。

カーボンフットプリント宣言は2024年7月1日から適用されます。

カーボンフットプリントの性能クラス分類表示は2026年1月1日から適用されます。

カーボンフットプリントの最大許容量未満であることの技術文書は2027年7月1日から適用されます。

ラベル表示、性能クラス分類基準や最大許容量は、EU委員会が委任法として今後定めます。


用語の定義

・内部ストレージ付き電池(battery with internal storage):エネルギーを保存するための外部装置が付属していない電池

・気自動車用電池(electric vehicle battery)」:道路輸送用のハイブリッド車や電気自動車に牽引力を提供するために特別に設計された電池

・産業用電池(industrial battery)」:産業用途に設計された電池、携帯型電池や電気自動車用電池、自動車用電池を除くその他の電池


(5)CEマーキング(第17条~第20条)

CEマーキングに手順は共通ですが、モジュールの指定が独特です。


(i)適合宣言評価手順は2区分になります。(第17条)

A.決定(EC)768/2008のモジュールA(内部生産管理手続)

・第6 条 有害物質の規制

・第9 条 一般用途の携帯型電池に関する性能および耐久性要件

・第10 条 充電可能な産業用電池および電気自動車用電池に関する性能および耐久性要件

・第11 条 携帯型電池の取り外し可能性および代替可能性

・第12 条 定置型電池エネルギー貯蔵システム

・第13 条 電池のラベル表示

・第14 条 電池の健全性および期待寿命に関する情報


B.決定(EC)768/2008のモジュールA1(内部生産管理手続き及び監督下の製品試験)

内部生産管理手続にNotified Bodyによる製品審査が追加されます。

・第7 条 電気自動車および充電可能な産業用電池のカーボンフットプリント

・第8 条 産業用電池、電気自動車用電池および自動車用電池におけるリサイクル材料の含有量

・第39 条 サプライチェーン・デューデリジェンス方針を創設し、2kWh を超えた容量を持つ内部ストレージ付きの充電可能な産業用電池や電気自動車用電池を上市する経済事業者に関する義務


(ii)適合宣言(EU Declaration of Conformity:DoC)(第18条)

附属書IXにDoCの項目が記載されています。他のEU整合法令の定めるDoCと単一DoCにします。


(iii)CEマーキングの一般原則 (第19条)

規則(EC)765/2008の第30条に規定する一般原則に従います。


(iv)CEマーキングの貼付規定とその条件 (第20条)

CEマーキングは上市前に貼付する。など


なお、電池がCEマーキングの対象となりますので、規則(EC)765/2008は改正(*8)されました。


(6) その他

廃電池の拡大生産者責任(第47条)、廃携帯型電池の回収率(第55条)、リサイクル効率と材料リカバリ率(第57条)などがあります。


4.規制の潮流

ライエン委員長の2020年9月16日の一般教書の演説で、“New European Bauhaus”(*9)を提唱しました。

私は、NextGenerationEUがEUのリフォーム・ウェーブをスタートさせ、私たちの連合を循環経済のリーダーにしたいと考えています。

しかし、これは単なる環境プロジェクトや経済プロジェクトではなく、ヨーロッパのための新しい文化プロジェクトである必要があります。

すべての動きには独自の外観と雰囲気(look and feel)があります。そして、持続可能性とスタイルをマッチさせるために、私たちの体系的変化に独自の美しさを与える必要があります。

だからこそ、私たちは新しいヨーロッパ・バウハウス(New European Bauhaus(*10))を設立します。これは、建築家、アーティスト、学生、エンジニア、デザイナーが協力してそれを実現する共同制作スペースです。

NextGenerationEU についてです。これは私たちが住みたい世界を形作るものです。

排出量を削減し、競争力を高め、エネルギーの貧弱さを減らし、恵みのある仕事を創り出し、生活の質を向上させる経済が働く世界。

デジタル技術を用いて、より健康的で、よりグリーンな社会を構築する世界。

それは、私たち全員が力を合わせることによって初めて達成されるものであり、私は、復興計画が私たちに危機をもたらすだけでなく、ヨーロッパを未来の世界に前進させるのに役立つことを強く主張するつもりです。


ライエン委員長の演説は、市民を巻き込む意識改革を求めています。


新循環型経済行動計画により、WFD(指令(EC)2008/98)の改正、SCIP登録、ErP指令((EC)2009/125)の実施措置による「修理の権利」が行われ、電池規則、WEEE指令やELV指令の改正計画などが続きます。


法規制の制定や改正の個々に対応するのではなく、大きな流れとして受け入れるとその本質が理解できて、企業対応に知恵がだせます。


EUは環境先進国と言われています。


コロンビアの大学Anu Bradford教授が著した“The Brussels Effect”で、「EUは、国際的な事業環境を形成し、世界中の基準を上昇させ、世界的な商業の多くの重要な側面の顕著なヨーロッパ化をもたらす規制を公布している。これらの規制は、データのプライバシー、消費者の健康と安全、環境保護、反トラスト、ヘイトスピーチなどの分野における政策を形成することなどである。

このことにより、EUはそのイメージの中で世界を形作る影響力のある超大国であり続けている。」としています。


グローバル展開をしている企業は、EU法の動きに注視することが肝要に思えます。


(松浦 徹也)


引用


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