2021年07月30日更新
2016年に大幅に改定された米国有害物質規制法(TSCA)は、優先順位付け、リスク評価、およびリスク管理からなる3段階のプロセスを通じて、既存化学物質の安全性を評価することを米国環境保護庁(EPA)に要求しており、2016年12月19日、EPAにより最初のリスク評価の対象となる下記10種の化学物質が特定されました。
・アスベスト(CAS RN:1332-21-4)
・1-ブロモプロパン(CAS RN:106-94-5)
・テトラクロロメタン(CAS RN:56-23-5)
・ピグメントバイオレット29(PV29)(CAS RN:81-33-4)
・環状脂肪族臭化物類(HBCD)(CAS RN:25637-99-4、3194-55-6、 3194-57-8)
・1,4-ジオキサン (CAS RN:123-91-1)
・ジクロロメタン(CAS RN:75-09-2)
・N-メチルピロリドン(NMP)(CAS RN:872-50-4)
・パークロロエチレン(CAS RN:127-18-4)
・トリクロロエチレン(TCE)(CAS RN:79-01-6)
上記10種の化学物質は、2020年6月~2021年1月までにそれぞれの最終リスク評価が完了1)しており、EPAは使用上のばく露や危険性をレビューしたうえで、最終リスク結果を公表しています。 その一方でEPAは、2021年6月30日、TSCAに基づいた化学物質のリスク評価に関する方針変更と、これらの化学物質におけるリスク評価について、今後の方向性を発表しました。 2)今回の方針変更は、EPAがTSCA改定から6年目を迎えるにあたって発表していた今後の計画にも示されています。3)
今回のコラムでは新たに示されたリスク評価の方向性の概要を説明します。
1. ばく露経路と特定集団へのばく露スクリーニングレベルアプローチの検討
従来のリスク評価では、大気浄化法、安全飲料水法、または水質浄化法など、EPAが管理する他の法令の下で規制されている空気、水、または廃棄物等によるばく露経路は評価されていませんでした。
本来、リスク評価の範囲4)には、危険性、ばく露、使用条件、および行政当局が考慮に入れることを期待されている潜在的にばく露、または影響を受けやすい部分母集団が含まれます。
しかし、このような特定のばく露経路を除外する手法は、フェンスラインコミュニティ(産業施設の近くの集団)を含む潜在的にばく露、または影響を受けやすい部分母集団に対して十分に対処することができませんでした。
1,4-ジオキサンのリスク評価および補足評価では、そのような集団を対象としていなかったため、現在、EPAはリスク評価の再開および更新を検討しています。 おもに飲料水や周囲の空気などの追加のばく露経路やリスク評価から除外された副産物として1,4-ジオキサンが生成される使用条件の追加が焦点となっています。 これらのリスク評価の改訂については、最終決定がなされる前に意見募集が行われる予定です。
上記10種類の化学物質のうちジクロロメタン、トリクロロエチレン、テトラクロロメタン、パークロロエチレン、NMP、および1-ブロモプロパンの6種類については、特定のばく露経路をリスク評価から除外することで、フェンスラインコミュニティの特定と保護ができなくなるかどうかについて調査を行う予定です。
化学物質がこれらの集団に不当なリスクをもたらすかどうかを判断するために、EPAは、大気および地表水のフェンスライン評価を実施するためのスクリーニングレベルの評価方法を開発しています。 この評価方法では、既存のデータと情報を使用して、空気と水へのばく露に関連するフェンスラインコミュニティに不当なリスクが生じる可能性があるかどうかを判断します。
2. 個人用保護具(PPE)の使用
上記10種類の化学物質における最終的なリスク評価では、常に労働者が適切に個人用保護具(PPE)を提供され、使用していると想定していましたが、PPEの使用違反に関するデータによれば、この仮定は正当化されないことが示唆されています。 そのため、実際はリスクが過小評価されて、リスク管理の規則が十分に機能しない可能性があります。
したがって、EPAは化学物質のリスクを決定する際に、PPEが常に職業環境で使用されるという仮定を再検討し、PPEの使用に関する情報や不合理なリスクに対処するために業界が行っている労働者を保護する方法等を考慮することを計画しています。
上記10種類の化学物質のリスク評価には、PPEを使用した場合と使用しない場合のばく露分析がすでに含まれており、新しい分析は必要ありません。 ただし、PPEの使用に基づいて「不当なリスクなし」の結果が得られたジクロロメタン、1-ブロモプロパン、HBCD、NMP、パークロロエチレン、および1,4-ジオキサンの6種類の化学物質について、いくつかの使用条件におけるリスクに関する結論の一部が変更となる可能性があります。
3. リスク管理への移行
上記10物質のうちHBCD、PV29、およびアスベスト(パート1:クリソタイルアスベスト)の3種類の化学物質について、リスク評価をレビューした結果、リスク管理に移行するのに十分であると判断されるため、リスク管理に関する規則が発行される可能性が高いとしています。
アスベストのリスク評価については、米国内で使用のために流通している唯一の形態であるクリソタイルアスベストをパート1として最終リスク評価が完了していますが、レガシーアスベスト(たとえば、アスベストの古い建物)の使用や廃棄によるリスク評価としてパート2が現在進行中です。
なお、参考としてこれら3物質の最終リスク評価は以下の通りです。
HBCDの最終リスク評価5)では、建築材料、はんだペースト、再生プラスチック、自動車交換部品の難燃剤を含む、12種の使用条件が検討されましたが、一般の人々や消費者に対する不当なリスクは発見されませんでした。 いっぽうで輸入、処理、リサイクル、商業利用、消費者利用、および廃棄等の6種の使用条件から環境への不当なリスクが発見され、さらに建築材料における使用および廃棄によって、労働者および職業上でばく露する非使用者に対する不当なリスクが発見されています。
PV29の最終リスク評価6)では、自動車用塗料、コーティング、工業用カーペット、プラスチックおよびゴム製品の成分として使用されるインク、商業印刷用、および消費者向け水彩画や芸術用塗料を含む、14種の使用条件が検討されましたが、環境や消費者等に対する不当なリスクは発見されませんでした。 いっぽうで14種の使用条件のうち10種から、労働者および職業上でばく露する非使用者に対する不当なリスクが発見されています。
クリソタイルアスベストの最終リスク評価7)では、32種の使用条件が検討されましたが、環境への不当なリスクは発見されませんでした。 いっぽうで補修用の自動車用ブレーキ・ライニングおよび特定のガスケットといった使用用途では、消費者への不当なリスクが発見され、ダイヤフラム布、シートガスケット、ブレーキブロックなどの使用用途では、労働者および職業上でばく露する非使用者に対する不当なリスクが発見されています。
4. 化学物質全体としての判定
従来のリスク評価では、化学物質の使用条件ごとに個別に不当なリスクを判断していました。今後も引き続き各使用条件の評価および分析を行うものの、明らかに多くの使用条件が判定の根拠となる場合には、その後に化学物質全体として不当なリスクの判定を1回だけ行うことを計画しています。
上記10種の化学物質におけるリスク評価のすべてにおいて不当なリスクが発見されなかった使用条件については、すでに通達された指示を撤回し、その後、EPAはこれらの化学物質を「化学物質全体」として不当なリスクの判定を行う予定です。 また、この方法について意見募集を行うとしています。
5.さいごに
改正TSCAが施行されて5年が経過し、既存化学物質における安全性の評価プロセスはようやくリスク管理の段階に入ります。 リスク評価により判定された不当なリスクに対して、リスク管理として規制措置が課されることになりますが、今回のようにリスク評価の方針が変更される場合、その後のリスク管理の流れも大きく変わることとなります。
今後も安全性の評価プロセスでは、評価するデータの種類や評価手法について、多様に検討が進められていくことが予想されます。 このような情報を確認しておくことは今後の規制動向を捉えるために有益であると考えます。
(柳田 覚)
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