2023年11月17日更新
はじめに
現在労働安全衛生法(昭和47年法律第57号、以下安衛法)1) を中心とした新たな考え方に基づく法改正が順次進められています。
その内容は多岐に渡りますが、本年4月27日、令和5年厚労省告示第177号にて労働安全衛生規則に基づく屋内作業場における有害物質の濃度基準値を定め、令和年6年4月1日より施行するとの告示が出されました。2)
一方、こうした作業場における空気中有害物質の定量的管理については、従来から特化則その他で義務として規定されている作業環境測定があります。
本稿ではそれらを比較しつつ、ポイントとなる基本事項を解説します。
1. 空気中有害物質の管理濃度とばく露限界値
空気中有害物質の管理を目的としたその空気中濃度の閾値の主要なものとして、管理濃度とばく露限界値があります。
まず管理濃度とは、有害物質に関する法的な作業環境管理を行う上で、作業環境測定を実施し、その結果から作業環境管理状態の良否を判断し、管理区分を決定するための指標です。 この数値は関係学術団体や各国により公表されるばく露規制のための基準等を参考に決められます。 具体的には作業環境評価基準(昭和63年労働省告示第79号)別表に示されています。3)
一方、ばく露限界値とは、作業する労働者の健康状態に与える影響の視点から、各種実験データ等を基に設定される数値で、代表的なものは以下の2つですが、前記管理濃度とは異なり、法的拘束力はありません:
(1) 日本産業衛生学会の許容濃度:公益社団法人日本産業衛生学会により勧告として公表されている数値で、労働者が1 日8 時間、1 週間40 時間程度、肉体的に激しくない労働強度で呼吸用保護具を装着せずに作業中に有害物質にばく露される際に、吸入すると考えられるその空気中の平均濃度がこの数値以下であれば、ほとんどすべての労働者に健康上の悪影響が見られないと判断される濃度です。4)
なお物質によっては最大許容濃度として、作業中のどの時間においてもその数値以下であれば殆どすべての労働者に健康上の悪影響が見られないと判断される濃度を勧告しているものがあります。
(2) 米国・ACGIH(the American Conference of Governmental Industrial Hygienists)のTLV(Threshold Limit Value):許容濃度と同様、労働者がばく露されてもほとんどすべての労働者に健康上の悪影響を与えないと考えられる濃度で、1日 8時間、
1週間40 時間の時間荷重平均濃度であるTLV-TWA (Time-Weighted Average)、1日の作業時間のどの15分間における平均濃度においても超えてはならないTLV-STEL(Short-Term Exposure Limit)、および作業中のいかなる場合でも超えてはならないTLV-C (Ceiling)があります。5)
なお厚労省で公開しているリスクアセスメント支援ツールである “CREATE-SIMPLE” 6) では、取り扱う化学物質のばく露限界値またはGHS分類区分情報に基づく管理目標濃度と、化学物質の性状や取扱い条件等の入力データとを比較、数値計算して作業者のリスクレベルを評価します。 吸入ばく露については、算出した作業者のばく露濃度がばく露限界値以下であればリスクレベルは許容範囲内と判定します。 その際にばく露限界値として前記許容濃度やTLVがある場合には、これらを基にばく露基準値を決定します。 今回義務化されることとなった濃度基準値はばく露限界値に相当するもので、現時点ではCREATE-SIMPLE上には未搭載ですが、今後組み込まれていくことと思われます。
2. 特別規則における作業環境測定による管理
作業環境測定は、事業者は、有害な業務を行う屋内作業場その他の作業場において政令で定めるものについて、必要な作業環境測定を行い、その結果を記録せねばならないとの安衛法第65条に基づきます。 そしてその政令で定めるものとは、安衛法施行令 7) 第21条で指定される計10の作業場ですが、このうち空気中の有害物質濃度を測定せねばならないのは、粉じん障害防止規則、特定化学物質障害予防規則、鉛中毒予防規則および有機溶剤中毒予防規則の4つの特別規則の中で指定される屋内作業場です。 これらの測定頻度およびその記録の保存期間は各々の規則における定めに従い、また測定は作業環境測定士あるいは作業環境測定機関によらねばなりません。(作業環境測定法第3条)8)
具体的な測定要領は作業環境測定基準 9) によりますが、作業場内に所定の等間隔で設定した各格子点でサンプリングするA測定と、発生源近傍等、作業者が有害物質に最も高濃度でばく露すると考えられる場所でサンプリングするB測定とがあります。 試料採取方法や分析方法は同基準別表第1および2によります。
事業者はこれらの測定結果と前記管理濃度との関係に基づいて作業環境評価基準 3) に従って評価し、管理区分(第1~第3)を決定します。
これらの評価結果に対する必要な措置は各特別規則において規定されており、第1管理区分であれば現状の管理の維持に努めますが、第2および第3管理区分の場合、施設、設備、作業工程または作業方法の点検を行い、必要な措置を執ることに努める(第2管理区分)、或いは措置を執る(第3管理区分)こととされ、特に第3管理区分の場合は有効な呼吸用保護具の使用が求められます。
なお試料採取の方法として作業者の身体に装着した試料採取機器による方法(個人サンプリング法)が一部の先行導入物質(特定化学物質のうち管理濃度値が低いものおよび鉛計13物質)、作業(有機溶剤等を用いる塗装作業等)について認められ、令和3年4月1日より施行されています。(令和2年厚労省令第8号 10), 令和2年厚労省告示第18号 11) ) これは有害物質の気中への発散の変動が大きい、あるいは作業者の移動が大きい等、従来の定点測定方式であるA測定およびB測定では適切な作業環境の評価とならない場合を考慮したもので、平均的な濃度分布の把握を目的とするA測定に相当するものをC測定、高濃度ばく露の把握を目的とするB測定に相当するものをD測定と呼んでいます。
この場合の測定を行う作業環境測定士や作業環境測定機関は、個人サンプリング法の登録を受けていることが必要です。
3. 今回新たに導入される濃度基準値
今回告示された濃度基準値は、先に令和4年5月31日公布された厚生労働省令第91号 12) において、令和6年4月1日施行で改正後の労働安全衛生規則第577条の二第2項の下記の規定に基づきます:
事業者はリスクアセスメント対象物のうち一定程度のばく露に抑えることにより、労働者に健康障害を生ずるおそれがない物として厚生労働大臣が定めるものを製造し、又は取り扱う業務を行う屋内作業場においては、当該業務に従事する労働者がこれらの物にばく露される程度を、厚生労働大臣が定める濃度の基準以下としなければならない。
これは現在進められている一連の法改正の基本的方向を示した令和3年7月19日公表の「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」の中で、これまでの特化則等で物質が規制対象に指定されると、その使用が停止され、危険有害性の確認・評価が不十分なまま他物質への代替が行われる結果、化学物質による労働災害において、規制の対象外による物質に起因するものが約8割を占めているといった実態を踏まえ、GHS分類済み危険有害物の管理において、労働者が吸入する有害物質の濃度を管理する義務を打ち出していることが背景にあります。13)
具体的な留意事項等については「化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針」(令和5年4月 27 日 技術上の指針公示第 24 号)14) に述べられていますが、これらの要点は以下の通りです:
(1) 今回の告示で濃度基準値の定められたのは全てリスクアセスメント対象物で、アクリル酸エチル等67物質です。濃度基準値は8時間濃度基準値と短時間濃度基準値とがありますが、後者は急性健康障害を起こす物質に対して設定されています。 双方設定されているのは5物質、前者のみが52物質、後者のみが10物質となっています。 これらの要求するところは以下の通りです:
(i) 8時間濃度基準値:1日8時間の労働時間におけるこれら物質の濃度の各測定の測定時間による加重平均値をこれ以下とする。
(ii) 短時間濃度基準値:1日の労働時間で最も濃度の高くなると思われる15分間における各測定の測定時間による加重平均値をこれ以下とする。ここでアクロレイン等4物質については、眼への刺激性等、非常に短時間で急性影響が生ずることが明らかであるため、これらに設定されている短時間濃度基準値は、いかなる短時間のばく露においてもその値を超えてはならない天井値となっている。
また試料採取方法と分析方法は本指針別表1に示されています。
(2) 濃度基準値の運用にあたっては、以下の様に基本的にリスクアセスメントを軸としたプロセスに沿って行います:
(i) 事業者側はまず業務にて取り扱うこれらの危険有害性を特定の上、労働者がそれらにばく露される程度を推定しリスクを見積もる。その際には、前記CREATE-SIMPLEの様な数理モデルによる方法も含め、適切な方法を選択する。
(ii) この過程で労働者が濃度基準値を超えるばく露の恐れのある屋内作業を認識した場合には濃度基準値以下であることを把握するための確認測定を実施する。この際の試料採取は前記個人サンプリング法によるものとする。
(iii) (i)および(ii)の結果に基づき、ばく露程度の最小限化のために必要なリスク低減措置を執る。その際にばく露程度を濃度基準値以下としなければならない。この措置には有効な呼吸用保護具を選択し、労働者に適切に使用させることも含まれる。
(3) 労働者のばく露の程度が濃度基準値以下であることの確認は、事業者の選択により、確認測定以外の方法も許容しています。ただし労基署等に対してそれを明らかにできる必要があります。
(4) 確認測定は作業環境測定士によることを義務付けてはいませんが、望ましいとしています。
(5) 今回の濃度基準値は、重複規制を避けるため、既に特別規則で作業環境測定の対象とされ、管理濃度が設定されている物質には設定されていません。これらは従来通り各規則に基づく作業環境測定を行い、管理していくこととなります。
おわりに
以上の様に今回の濃度基準値の導入は、これまで特化則等の特別規則における作業環境測定で実施されてきた屋内作業場の空気中有害物質の定量的管理をその他のリスクアセスメント対象物にも拡大し、労働衛生管理の強化を図ろうとする動きです。
これには労働者へのばく露濃度をCREATE-SIMPLEの様な数理モデルを使用した推定も認めるといった新たな視点もあり、今後更に対象物質の拡大も予定されていますので、引き続き注意していきたいと思います。
参考URL
以上
(福井 徹)
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