はじめに
米国では危険有害性周知基準(United States Code Title29 ChapterXVII Part1910, Hazard Communication Standard, 以下HCS)が制定され、労働省労働安全衛生局(Department of Labor, Occupational Safety and Health Administratin, 以下OSHA)の管轄の下で運用されています。1)
その目的は、米国に製造または輸入される化学品の危険有害性を分類し、それらの情報を雇用者および従業員に伝達することとしており、EUのCLP規則 2) や日本のJIS Z 7252および7253 3) に相当する役割を担った法令です。
本年2月16日にその改正案が米国連邦官報に公表され 4) 、その後当初予定を1か月延長して5月19日まで意見募集が行われました。5)
今回はこの概要についてご紹介することとします。
1.HCSの概要
HCSは、(a)~(j)の10項目からなる本文と附属書A~Fの計6附属書から構成されています。
本文では本法令の目的、範囲および適用、用語の定義、ラベルやSDSに関する義務等、基本的な事項が規定されていますが、特に「(h) 従業員への情報伝達およびトレーニング」において、雇用者に対し、従業員への取り扱わせる化学品の危険有害性に関する情報伝達の他、ラベル・SDSの読み方、化学品の取扱手順や、保護具の着装等も含め、それらの危険から身を護るための対処方法等についてトレーニングを実施することが要求されていることが特徴です。
また化学品の危険有害性の分類基準として、健康有害性については附属書Aで、物理的危険性についてはBで各々規定されていますが、環境有害性についての分類基準は定められていません。
またラベルやSDSの記載方法の詳細は各々、附属書CおよびDで規定されています。
この他、附属書Eでは企業秘密、新規性や先行技術について、Fでは発がん性に関する危険有害性分類区分について、各々補足的な説明がなされています。
本法令の最初の公布は1983年ですが、一方、2003年に化学品の危険有害性の分類やラベル表示・SDSの国際的標準であるGHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)が国連勧告として採択され、以降これは2年毎に改訂されてきました。
こうした動きを受けて、2012年3月にHCSはGHSと整合化すべく、その改訂第3版6)(2009年採択)に対応する内容への改正がなされました。 その後2018年5月にGHS改訂第7版 7)(2017年採択)との整合化を図る方針が出され、今回公表されたものがその改正案です。
2.HCS改正の目的
今回の改正案を公表した官報4) では、本改正の目的は以下の様に述べられています:
(1) GHSとの整合性の維持および関連テーマに関する現時点の科学や知識の反映
前記の様に定期的に更新されていく世界標準であるGHSの内容に継続的に整合化を図っていくと共に、労働災害を防ぐための法規制は社会的、科学的、技術的な進歩に伴い、それらに適応した内容にしていきます。
(2) 国際的パートナーや他の連邦政府機関との協力推進
特に米国と隣国カナダとは、市民の健康と安全および環境を保護しつつ、両国経済の競争力を高めるために、2011年両国の規制当局が協力して利害関係者の不必要な規制負担を軽減することを目的として、RCC(Regulatory Corporation Council、米加規制協力評議会)を設置する等、緊密な関係にあります。
化学物質管理規制については、両国のOSHAと カナダ保健省(Health Canada)とが2018年化学品の危険有害性の分類と情報伝達に関する両国の規制の整合化に関する覚書(Memorundaum of Understanding, MOU)を取り交わしています。8)
カナダ側でも2020年12月にHCSと同様、GHS改訂第7版との整合を図った有害製品法9) や有害製品規則10) の改正案を公表しており、これらの動きはこうした両国の協力関係の一環として捉えることができます。
また他の連邦政府機関との協力では、例えば米国運輸省(DOT, Department of Transportation)と連携した貨物輸送時のコンテナへのラベルの表示法や送付方法についての取組みがあります。
(3) HCSの様々な要求事項を実施している利害関係者の経験の中で得た知見の反映
サプライチェーンにおける化学品の製造者や輸入者等による事業活動の実務上の経験に基づき、労働者の化学品の危険有害性からの保護というHCSの本来の主旨を損なわずに、必要な、あるいはそれらを合理的にやり易くするための工夫等を採り入れます。
3.主な改正内容
今回の改正は基本的にはGHS改訂第7版の内容との整合化であり、改正箇所は多数に上りますが、主要なものは以下の様です:
(1) 用語や定義に関する改正
・急性毒性の定義を修正。また生殖細胞変異原性の定義を明記。
・ばく露、気体、液体、固体、有害性化学物質、物理的危険性等の定義を修正。
・「バルク出荷」、「可燃性ダスト」、「直接的外部包装(immediate outer package)」、「医師又はその他の免許を受けた医療専門家(physician or other licenced healthcare professional, PLHCP)」等の用語を新たに定義し、追加。
(2) 危険有害性分類に関する改正
・これまで区分1~2としていた可燃性ガスを区分1A,1Bおよび2とし、自然発火性ガスおよび化学的に不安定なガスを1Aに含める。
・可燃性エアロゾル(区分1~2)としていた危険有害性クラスを廃し、エアロゾル(区分1~3)を設け、可燃性物質を含むものを区分1又は2に分類する。
・鈍性化爆発物(区分1~4)を危険有害性クラスとして新設。
(3) ラベルに関する改正
・前記危険有害性分類区分の変更や新設に伴い、記載する注意書きを改定。
・化学物質の危険有害性に関する新たな知見が得られた場合、製造者、輸入業者、流通業者、または雇用者は、それを認識してから6ヶ月以内にラベルを改訂し、その後に出荷された物質の容器のラベルにこの情報が含まれていることを確認するとしていたが、既に出荷済みで今後サプライチェーンを流通していくものについては、それらの容器上へのラベルの貼り直しの必要はないが、但し製造者または輸入者はこれらに対して更新後のラベルの提供を義務付けた。
・危険有害性化学物質をバルク出荷する場合のラベルは、直接コンテナ上に貼付けるか、もしくは出荷書類、船荷証券、またはその他の技術的または電子的手段で送信された情報を受領側の労働者にて直ちにプリントアウトできるようにすることとした。
・通常のラベル表示が困難な小型容器へのラベル表示の要件規定を追加。
(4) SDS
・企業秘密の関係から成分濃度を特定の数値でなく、ある範囲を持たせた表記とする場合の記載要領に関する規定を追加。
おわりに
以上述べました様に、米国・HCSの改正は当初の予定よりかなり遅れたものの、具体的な改正案が公表され、それに対する意見募集を終えた段階です。
最終的な内容はこれらを踏まえて近々決定されると思われますが、2021年7月の現時点ではGHSの最新版は2019年採択の改訂第8版 11) であり、意見募集時にはこの第8版の内容の導入についても意見を求めています。
従ってこうした意見等が反映されて内容に変更が加えられる可能性もあり、現行版から改正版への移行期に執られる措置も含め、注意が必要です。
(福井 徹)
2) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A02008R1272-20210510&qid=1625669134022
3)
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