ナノマテリアルは、100 nm以下の非常に小さな粒子からなる、様々な形状の化学物質または材料で、自然界に存在するほか、偶然に生まれる、また意図的に製造・加工されて生成されることもあります。 ナノマテリアルは、ナノスケールの特徴を持たない同じ材料と比較して、強度、化学反応性、導電性などの新しい特性を示す場合があり、センサー、医療機器、バッテリー、コーティング剤、抗菌服などすでに多くの製品で使用されています。
ナノマテリアルの利用用途が拡大しているいっぽうで、ナノマテリアルに関する特定の規制を設けるうえでは、ナノマテリアルの定義が必要となります。 異なる法規制で使用される分野を横断するようなナノマテリアルの定義は、一貫性と全体の効率性を促進するために好ましい解決策となります。
ナノマテリアルに関する規制の調和と効率的な適用のために、欧州委員会は2022年6月10日ナノマテリアルの定義に関する勧告C(2022) 3689 final 1) を採択しました。 本勧告はナノマテリアルにおける従来の定義となっている勧告2011/696/EU 2)を更新するものです。今回のコラムでは、本勧告の内容について取り上げます。
1.ナノマテリアルの定義に関する勧告 2011/696/EU
2011年に欧州委員会は、ナノマテリアルの定義に関する勧告2011/696 / EUを発表しました。 この定義では、材料がナノマテリアルであるかどうかは、材料が構成する粒子の大きさの分布に基づいて決定され、1nm~100nmの大きさの粒子の割合が50%を超える場合、ナノマテリアルであると明示されました。
勧告2011/696/EUの定義は、公開されているFAQ 3)ならびに、欧州委員会の共同研究センター(JRC)と専用研究プロジェクトNanoDefineによる実施ガイダンス 4) 5) 6)によって補完されています。
勧告2011/696/EUの定義は、2018年に改定されたREACH規則(EC) No 1907/2006における物質のナノフォームの定義など、さまざまなEU法規制や分野別のガイダンスに導入されています。 いっぽうで新規食品規則(EU)2015/2283 7)や化粧品規則(EC)No1223 / 2009 8)は、これまで勧告2011/696/EUの定義とは異なる定義が維持されています。
2.勧告C(2022) 3689 finalと勧告2011/696/EUの定義の違い
勧告C(2022) 3689 finalの定義は、分野を横断するような定義の実用化と法規制への導入を容易にするためにいくつかの点で修正されていますが、勧告2011/696/EUの主要な特徴は維持されています。
勧告2011/696/EUとの主な相違点は、同時に公開されたスタッフ作業文書 9)に説明されています。 文書では、見直しプロセスの概要、変更の根拠、および閾値などについて説明されています。 さらに、2021年に行われた利害関係者による協議の分析とそれに対するフィードバックも含まれています。おもな改定のポイントは以下の通りです。
・「含有する」という用語が「構成する」に置き換えられた。この定義が他の材料の成分や一部ではなく、物質または材料単体であることが強調されている。
・定義に「固体」という用語が追加された。エマルションに含まれる液体粒子や気体粒子(気泡など)とは対照的に、固体粒子からなる材料に限定することが明確化されている。
・個数ベースの粒度分布を設定する際、他の粒子と一緒に付着している粒子(のみ)が、これらの弱凝集体や強凝集体の構成粒子として識別可能であれば考慮しなければならないことが明確に規定されている。
・フラーレン、グラフェン、カーボンナノチューブといった炭素系材料が明示されなくなった。 いっぽう直径が1 nm未満で長さが100 nmを超えるすべての細長い粒子(ロッド、ファイバー、チューブなど)、および厚さが1 nm未満で横方向の寸法が100 nmを超える板状の粒子は化学元素に関わらず、ナノマテリアルに含められる。
・実用的な測定可能性の理由から、垂直に交わっている2箇所(以上)の外形寸法が100μmより大きい粒子を数えないことが認められている。
・材料がナノマテリアルであるかどうかの評価において、比表面積が6平方m/立法cm未満の材料はナノマテリアルとはみなされないという一般的で根拠に基づいた内容に置き換えられた。
・単一分子は「粒子」とはみなされないことが明示されている。
・「特殊なケースとして、および環境、健康、安全、競争力への懸念によって正当化される場合、粒度分布50%の閾値を1~50%の間の閾値に置き換えることができる」という柔軟性の規定が削除された。異なる法規制の間で最大限の一貫性を得るため、閾値は現在50%に固定されている。
以上を踏まえて今回の勧告で明示されたナノマテリアルの定義は以下の通りです。
(1)ナノマテリアルとは、単体で、または強凝集体や弱凝集体の中に識別可能な構成粒子として存在する固体粒子からなる天然、偶発的または製造された材料で、数ベースのサイズ分布において、これらの粒子の50%以上が下記の条件の少なくとも1つを満たしているものである。
(a) 粒子の1つ以上の外形寸法が1nm〜100nmのサイズ範囲にある。
(b)粒子が、ロッド、ファイバーまたはチューブなどの細長い形状を有し、2箇所の外形寸法が1nmより小さく、他の寸法が100nmより大きい。
(c) 粒子が板状の形状を有し、1箇所の外形寸法が 1 nm より小さく、他の寸法が 100 nm より大きい。
粒子数に基づく粒度分布の決定において、垂直に交わっている2箇所(以上)の外形寸法が100μmより大きい粒子は考慮する必要はない。 比表面積が 6平方m/立法cm未満のものはナノマテリアルとみなさない。
(2)(1)において、以下の定義が適用される。
(a) 「粒子」とは、定義された物理的境界を有する微小な物質の断片をいう。単一分子は「粒子」とはみなされない。
(b) 「強凝集体」(aggregate)とは、強く結合したまたは融合した粒子からなる粒子をいう。
(c) 「弱凝集体」(agglomerate)とは、弱く結合した粒子または強凝集体の集合体で、外部表面積が個々の構成要素の表面積の合計と同程度であるものをいう。
3.今後の展開
勧告C(2022) 3689 finalの定義の実施を容易にすることを目的として、JRCは分野を横断するような定義に関する専用のガイダンスを作成し、2022年中に発行を予定しています。
化粧品規則におけるナノマテリアルの定義は勧告 2011/696/EUとは異なる定義が適用されていましたが、化粧品に関する規制の見直しに関する公開協議 10)(2022年6月21日締切)において、ナノマテリアルの定義について首尾一貫した用語を使用する必要があるとして見直しの論点の一つとなっています。 見直しの根拠である持続可能性のための化学物質戦略(CSS) 11)のなかでも、規制の成果を一貫したものにするために、EUの化学物質法では、特に化学物質(例:ナノマテリアル)の定義に一貫した用語を使用する必要があると明記されています。 さらに、ナノマテリアルの定義を見直し、法的拘束力のあるメカニズムを用いて、法律全体への一貫した適用を確保するとしています。
今後、ナノマテリアルがますます多くの分野への利用が進めば、関連する法規制においても、本勧告の定義がより重要な役割を果たすことになります。 そのため、本勧告の定義を理解することにより、様々な分野のナノマテリアルに関連した法規制を理解することにも繋がると考えられます。
(柳田 覚)
1) ナノマテリアルの定義に関する勧告C(2022) 3689 final
2) ナノマテリアルの定義に関する勧告 2011/696/EU
3) ナノマテリアルの定義に関する勧告における質問と回答
4) NanoDefineメソッドマニュアル
5) ナノマテリアルの定義で使用される概念と用語の概要
6) 測定によるナノマテリアルの識別
7) 新規食品規則(EU)2015/2283
8) 化粧品規則(EC)No1223 / 2009
9) 勧告2011/696/EUの見直しにおけるスタッフ作業文書
10) 化粧品に関する規制の見直しに関する公開協議
11) 持続可能性のための化学物質戦略
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