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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

  • 執筆者の写真tkk-lab

ナノマテリアルの光と陰

2023年12月22日更新

1. ナノマテリアルについて

ナノマテリアルはその大きさにナノスケールをもつ物質のことであり、ナノスケールは一般的には1~100nmの範囲とされています(*1)。 「ナノ」はギリシャ語で「9」を意味し、1nm(ナノメートル)は「m(メートル)」との関係で「10-9m(10億分の1メートル)」となります。 また、1μm(マイクロメートル)は「10-6m(100万分の1メートル)」となり、1nmとの関係は0.001μm(マイクロメートル)に相当になります。 つまり、ナノマテリアルとは非常に小さい物質のことを指す用語であり、その特徴の一つは表面状態にあるとされています。 例えば、半径が1nmと1μmの球状粒子を比較した場合、1nmの粒子の表面積は1μmの粒子の1000000倍となります(表面積=4πr2で計算、半径:rとした場合)。 サイズの違いによる表面積の増大は物質の表面状態の違いにつながり、同じ材質であっても従来と異なる特性が発現することが知られています。 例えば、「金(Au)」はナノスケールになると赤く発色するようになり、ステンドグラスへの着色などに利用されています。 このような金色と異なる発色をする性質はナノスケールになることにより、プラズモンという現象がおきるために発現しています。 ナノマテリアル特有の性質を活かした機能性材料等の開発は、現在の材料化学における方向性の一つとなっています。


一方で、人の健康や環境への影響という観点でとらえた場合、同じ材質であっても従来と異なる特性が発現するということは、その材質で従来知られていた有害性とは異なることが懸念されます。 今回のよもやま話では、サイズによる特徴で注目されるナノマテリアルについて取り上げていきます。


2. 社会経済的便益(Socio-economic benefit)

ナノマテリアルの用途例の一つとして化粧品や日焼け止めへの配合があげられます。 化粧品への配合は光散乱機能をもつ酸化チタンや酸化亜鉛により紫外線から肌を防護することを狙いとしています。 また、酸化チタンや酸化亜鉛は屈折率が高く白色顔料として利用されている物質ですが、これらをナノスケールへ調整することで透明性が向上し、化粧品において問題となる「白浮き」を抑制することを可能としています。


コーティング材に対しては、コーティング表面の性能を上げるためなどに使用されています。 配合する物質としてはシリカや酸化アルミニウムなどがあり、その硬さにより耐傷付き性が向上します。 これらの物質はナノスケールへ調整することでコーティング膜の透明性を維持しながら機能性を付与することが可能となります。


また、黒色のカーボンブラックについては、製造時に1次粒子がナノスケールとなり塗料やインク、コーティング材の着色材やゴム製品の可塑剤や補強材として使用されています。

以上のようにナノマテリアルは、材質の種類、使用用途が多岐にわたり、生産量も高水準に維持されています(*2)。


将来に向けた技術の一つとしては、医療用途におけるがん治療への応用があり、ナノマテリアルでがん腫瘍をマーキングし、健康な細胞を傷つけることなくレーザーで治療することが研究されています。 ナノマテリアルに関する技術への期待は大きく、今後も継続的に発展していくものと考えられます(*3)。


3. 人の健康または環境へのリスク(Risk to human health or environment)

ナノマテリアルはリスク評価においてナノマテリアル特有の特性を考慮に入れるべきであるという共通認識があります。 例えば、サイズが小さいことは経皮吸収や吸入によるばく露の増大が想定されます。 また、表面積が大きいことは反応性の高さにつながるため、ハザードへ影響する可能性があります。 さらに、機能性を発揮させるための表面処理についても特性の一つとして考慮する必要があると考えられています。


その特徴によるハザードへの影響について不明確な部分も多いナノマテリアルの適切なハザードとリスクの評価を可能にするためには、関連する試験方法の確立が重要とされています。 例えば、2023年3月に公表された「化学物質の安全性に関するEUの規制要件に対するナノ材料試験の調和に向けて – さらなる行動の提案」(*4)では、ナノマテリアルにおけるリスク評価に関する優先検討事項として以下の3つをあげています。


1)毒性試験におけるナノ材料の分散安定性と投与量に関する問題の解決

2)有機ナノ材料または有機成分を含むナノ材料の分解と変換に関する試験またはガイダンスの更なる開発

3)ナノ材料の細胞反応性を測定するための試験とガイダンスの開発


上記の提案はナノマテリアルに関する優先順位の高い未解決の科学的および規制上の問題を特定することで科学者、規制当局、試験方法開発者などによる安全性評価の改善に向けた取り組みを促進することを目的としています。


現状においてナノマテリアルに関する具体的な物質のハザードとしてはカーボンナノチューブに関する発がん性区分1Bや特定標的臓器毒性(反復ばく露)の提案があります(*5)。 また、酸化チタンにおいては、10µm以下の粒子を1%以上含む粉末状の酸化チタンを発がん性区分2とする欧州委員会の決定がなされましたが、根拠とした研究内容が小粒径の酸化チタン特有の性質を示すものかどうかという点に疑問符が付いたことなどにより無効判決となっています(*6)。


4. 規制法の動向

REACH規則においては2018年12月に「登録におけるナノスケール物質に特化した情報要求」としてREACH規則の附属書Ⅰ、ⅢおよびⅥ~Ⅻの改訂が公布されています(2020年1月1日に発効)(*7)。 この委員会規則では従来の技術一式文書に求められる情報の他にナノマテリアルに関して形状に関する化学物質安全性報告書が要求されています。 この要求は同じ組成の物質であってもナノ領域のように微小な状態では形状や表面状態、粒径により異なる毒性や曝露パターンを発現することが懸念されることを反映した内容です。 REACH規則の目的に従う化学物質の管理を行うために、ナノマテリアルはその形状ごとにリスク評価が行われています。 また、ナノマテリアルについては、SDSにおける要件が規定されており、水への溶解度に加えて、水またはその他の関連する生物学的媒体または環境媒体への溶解速度を示すものの記載や混合物として含まれている場合はその特性をサブセクションに記載するなどいくつかの要件が定められています。


また、最近の動きとしては、ナノマテリアルの定義に関する勧告があげられます(*8)。 この欧州委員会勧告は2011年に公表された「欧州委員会勧告(2011/696/EU)」(*9)から経験と科学的知見を踏まえて更新された内容となります。 表にあるように2011年のものと比較して条件がより明確となり整備されている印象です。この勧告については欧州委員会の共同研究センター(JRC)からガイダンス文書が公表されており(*10)、規制当局だけでなく事業者にも、ナノマテリアルの定義を深く理解できるようナノマテリアルの特定に役立つデシジョンツリーや粒子状物質の評価において考慮すべき測定オプションなど詳細な説明を提供しています。


ナノマテリアルを利用した分野では構成要素がナノスケールで周囲からエネルギーの吸収や受け取りを行い様々な仕事へ変換する刺激応答性材料など様々なナノ技術の開発が検討されています。 その一方で特有の特性に起因する有害性について不明な点も多い状況のため、今後、ナノマテリアルに適合した試験方法などが整備されていくことにより、そのリスクも明確になっていくものと考えられます。


引用

(*1)ナノマテリアルの定義(OECD)


(*2)ナノマテリアルの製造量等の推移


(*3)ナノテクノロジーでがんと闘う


(*4) 「化学物質の安全性に関するEUの規制要件に対するナノ材料試験の調和に向けて – さらなる行動の提案」


(*5) 分類および表示(CLH)の提案(カーボンナノチューブ)


(*6)10µm以下の粒子を1%以上含む粉末状の酸化チタンを発がん性区分2とする欧州委員会の決定を無効とする判決


(*7)登録におけるナノスケール物質に特化した情報要求


(*8)欧州委員会勧告(2011/696/EU)


(*9)欧州委員会勧告(2022/C 229/01)


(*10)ナノマテリアルを定義する欧州委員会勧告2022/C 229/01の実施に関するガイダンス

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