2023年10月20日更新
1.PIP (3:1) はどんな物質
米国連邦法である有害物質規制法TSCA (Toxic Substances Control Act) では、第6条(h)項で、PBT5物質の製造や使用が厳しく制限されています。 PBTとは、難分解性、生物蓄積性、毒性という性質の略称で、TSCAにより規制されているPBT5物質のうちの1つがPIP (3:1) (CAS RN: 68937-41-7) です。 PIP (3:1) は図1の化学式で示されるように、3つのイソプロピル基を持つフェノールがリン酸と結合している構造を持つ物質群の総称です。 PIPの最初のPはフェノール、真ん中のIはイソプロピル化、最後のPはリン酸塩という意味で、括弧内の3:1は、3つのイソプロピル化されたフェニル基と1つのリン酸から成ることを示しています。(*1)

図1 PIP (3:1)の構造
日本語名はイソプロピル化フェノール=ホスファート (3:1) であり、リン酸トリス(イソプロピルフェニル)とも呼ばれます。 PIP (3:1) は、可塑剤、難燃剤、摩耗防止添加剤、圧縮防止添加剤として使われていて、油圧作動油、潤滑油、グリース、工業用コーティング剤、接着剤、シーリング剤、プラスチック製品など多種多様な製品に含まれています。(*2) 製造量について、米国では2015年に約2,700トン(595万ポンド)(*2)、EUにおいては年間1,000トンから10,000トン (*3) のPIP (3:1) が製造または輸入されています。
PIP (3:1) はリン系難燃剤の1つですが、リン系難燃剤にはリン酸エステル、赤リン、ポリリン酸アンモニウムなどがあります。 難燃剤としては、古くから臭素系をはじめとするハロゲン系のものが広く使われてきました。 しかしながら、ハロゲン系難燃剤は製品廃棄の際に有害物質が発生する環境汚染が心配され、2000年代にはEUのRoHS指令により臭素系難燃剤の2種類(PBB、PBDE)が制限の対象となました。 その結果、リン系難燃剤などのハロゲンフリーのものが環境対応型の難燃剤として着目され、使われるようになりました。
一方で、PIP (3:1) の有害性としては、水生植物、水生無脊椎動物、底性無脊椎動物、魚類に有毒であることが知られています。 哺乳類に対しては生殖および発育への影響、神経学的影響、臓器(特に副腎、肝臓、卵巣、心臓、肺)への影響を示しているデータもあります。(*2)
2.米国TSCA第6条(h)項によるPIP (3:1) の規制
TSCA第6条(h)項によるPBT5物質の規制は、2021年1月6日に最終規則が公示されました。 この最終規則では、2021年3月8日以降にPIP (3:1)およびPIP (3:1)を含む混合物および成形品の加工および流通(ただし特定の用途を除く)が、2022年1月1日以降に写真印刷物での使用および流通が、2025年1月6日以降に接着剤およびシーリング剤での使用や流通が禁止されました。 しかしながら、電気電子機器の製造業者らをはじめとする産業界から、PIP (3:1) を含む成形品については、禁止の延期への強い要望がありました。 これを受けて、米国環境庁EPA (Environmental Protection Agency) は、2021年3月8日に、180日間の「No Action Assurance」(禁止事項への違反に対して強制措置を実施しないことの保証)を発行しました。 これにより、成形品に使われるPIP (3:1) および PIP (3:1) が含まれる成形品の加工および流通の禁止が実質的には180日間延期されました。 この背景には、PIP (3:1) がさまざまな電気電子機器に使用されていたために、製造している製品の一部にPIP (3:1) が含まれているかどうかのサプライチェーン全体での確認が必要であること、もし含まれている場合には代替物質への置き換えやPIP (3:1) を含まない成形品や製品への切替といった対応に時間がかかることが危惧されました。(*4)
そして、180日間の「No Action Assurance」のあと、遵守期限日はいったん2022年3月8日まで延長され、最終的には2024年10月31日まで延長されています。(*5)
3.成形品に含まれる有害物質への対応の難しさ
2021年3月8日の「No Action Assurance」の発表時点でEPAからパブリックコメントが募集されましたが、寄せられたコメントのほとんどにおいて、成形品からPIP (3:1) を廃絶するには数年が必要と言われ、より具体的には2.25年から15年以上が必要という内容でした。(*6)
電気電子機器は多くの部品から成る複雑な製品であるために、サプライチェーン全体で、どのような材料が使われているのかということを正確に把握するのが難しく、調達先からの情報だけではどの物質が含まれているか判断が付かない場合もあります。 そのような場合には、規制対象物質が含まれているかどうかについて分析を行うこともありますが、それには時間も費用もかかります。 含まれているかどうかの判断だけでも時間や費用がかかるのに加え、含まれていた場合には、その物質が使われていない部品の調達、または、その代替物質を使用した部品の調達が必要となり、その実現にも更なる時間と費用が掛かることになります。
PIP (3:1) は、REACH規則ではPBT物質として評価中の段階 (*7)となっていますが、TSCAのような成形品への使用が制限されているわけではありません。 ただし、POPs条約やREACH規則では規制対象物質が年々追加されていますので、今後、PIP (3:1) に限らず、今まで問題なく使用できていた物質が規制対象となり、成形品への使用ができない、または、その物質が含まれていることをサプライチェーンにおける情報伝達が要求され、川下事業者や消費者に通知しなければならないようになるかもしれません。
【参考文献】
*1 U.S. EPA, 製造、加工、流通、使用、廃棄に関する予備情報: PIP (3:1)
*2 U.S. Federal Register, PIP 3:1; TSCA第6条(h)に基づく難分解性、生物蓄積性、有毒化学物質の規制
*3 ECHA, 物質情報カード PIP (3:1)
*4 U.S. EPA, メモランダム (PIP (3:1)、PIP (3:1) の成形品への使用、PIP (3:1) を含む成形品の加工および流通の禁止に関するNo Action Assurance)
*5 U.S. Regulations.gov, TSCA第6条(h)に基づく難分解性、生物蓄積性、有毒化学物質の規制;PIP (3:1);遵守期限の更なる延長
*6 U.S. Federal Register, TSCA第6条(h)に基づく難分解性、生物蓄積性、有毒化学物質の規制;PIP (3:1);遵守期限の更なる延長
*7 ECHA, PBT評価リスト
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