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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

  • 執筆者の写真tkk-lab

ECHAの年次報告書2021年版について

2022年06月17日更新

はじめに

欧州化学品庁(European Chemicals Agency:ECHA)は、2007年6月に設立され、本部をフィンランドのヘルシンキに置く欧州連合の専門機関の1つです。 EU域内の主要な化学物質管理規則であるREACH((EC)1907/2006)、CLP((EC)1272/2008)、BPR((EU)528/2012)、PIC((EU)649/2012)、POPs((EU)1021/2019)等を管轄し、加盟各国の化学物質規制当局との連携の下に、これら法令類の様々な運用実務を担い、化学物質のリスクやその低減策に関する評価や意見書の作成、各種ガイダンス、ツール、その他情報の提供等による企業への支援等も行っています。


本年5月に昨2021年のその活動をまとめた年次報告書(Annual Report 2021)が公表されました。1)


一方、先にEUでは新たな包括的な成長戦略として「欧州グリーンディール」2) が2019年12月に、更にそれを受けて「持続可能な化学物質戦略」3) が2020年10月に、各々公表されています。


こうした流れの中で、ECHAは2020年12月に2021~2024年の行動計画:ECHA Programming Documents 2021-2024(以下「行動計画」)4) を公表しました。


今回の年次報告書では、この「行動計画」と対比させながら2021年の1年間の実績を検証していますので、その概要についてご紹介します。


両文書により、EUのここ数年の中期に渡る化学物質管理における課題とその取組状況を把握することができます。


1.3大優先戦略事項と当初計画に対する2021年の達成状況

「行動計画」では、前記の2019年の欧州グリーンディールの開始や、感染症の影響等により重要な財源である手数料収入の不確実性の増大等、ECHAの活動環境は大きく変化したことを踏まえ、実施の必要性の高い課題に対し、優先順位を明確化して使用可能なリソースを投入すべきであるとの考えの下に2021~2024年の複数年次作業プログラムを見直し、優先順に以下の3つの戦略項目を提示しました:


(1) 懸念化学物質の特定とリスク管理…最も優先度の高い戦略項目で、危険有害性の懸念される物質に対する評価を進め、REACH、CLP、BPR、POPsまたはこれらの関連法での下での欧州委員会の行う必要な法規制措置の決定及び実施を支援します。


(2) 産業界での化学物質の安全で持続可能な使用…上記(1)の取組みの中で得られた知見に基づき、産業界が化学物質管理法規で課せられた義務を履行するようにする、そのための行動がとれるように彼らの知識や能力の向上を図ります。


(3) EU法令の履行による化学物質の持続可能な管理…規制効率の向上やコスト節減等のシナジー効果を図るため、上記(1)の取組みの中で得られた知見を活用し、ECHAの権限の範囲内でEU内の様々な化学物質管理法令間の整合性を高め、統合化を図っていくこと、またEU外の国外に対しても各種情報提供等をはじめとする支援を行います。


今回の年次報告では、これら3つの優先戦略事項における主な取組みについては、以下の様に述べられています:


(1) 懸念化学物質の特定とリスク管理 

(i)登録済みの1,900超(うち約700物質は年間取扱量100ton 超)の化学物質に対して、法規制の必要性を評価した。従来の個別物質毎ではなく、構造の類似した複数の物質をグループとして一括して評価を進めた。その結果、更なる評価を必要とする約300物質、更なるデータ生成が必要な800物質、現時点では更なる措置は不必要である800物質の3種に仕分けられた。

これらのうち450以上の物質を含む19グループ(その中にはフタル酸エステルやその類似物質のグループも含まれる)についての評価結果を2021年末までに公表した。

なお年間取扱量100ton 超で登録済みであるが、まだ法規制の必要性の評価がなされていない物質は1,300近くある。しかし2027年までに全登録物質について結論を出すとの目標に変更は無いとしている。


(ii)オンライン販売製品について、約6,000製品をチェックしたが、規制値を上回る有害物質の含有等、約3/4の製品が法令の規準を満たしていなかった。製品の販売者は率先して法的要件を理解し、消費者への透明性を高めることが望まれる。


(iii)動物実験は既存の規制枠組みの中で可能な限り段階的に廃止する方向で、関連企業等への支援に取り組んでいる。QSAR Toolboxというコンピュータシミュレーションを利用した動物実験以外のデータの組合せによる皮膚感作性に関する評価法のガイダンスを更新した。


(iv)ナノ材料に関しては、これを”nanoform”として定義し、REACH規則を改定して登録を進めているが、2021年末までに143種535件が登録された。これはEUナノ材料観測所(EU Observatory for Nanomaterials:EUON)で報告されたナノ材料数とは乖離があり、実際の物質数はもっと多くなっている可能性が指摘される。


(v)REACH規則の認可については、2010年から2020年までのデータに基づいて、その社会経済的影響についてメタ解析を行い、その結果を公表した。5)

認可のシステムには、本質的に代替物質への置き替えを促進し、SVHCの使用量を大きく削減する作用が備わっていることが示された。

また認可対象物質に関してリスク評価委員会(RAC)および社会経済分析委員会(SEAC)から意見書が提出されたことや、認可申請に使用する様式の改善等を実施した。


(vi)REACH規則の制限については、そのコストと便益に関する研究結果を公表した。6) これによると、制限により発生する年間コスト5億€に対し、21億€の健康上の利益をもたらすと推定され、全ての制限の効果が得られれば、95,000トン超の有害物質の環境中への放出が抑止され、少なくも7百万人のEU市民に対して労働中や日常生活において有害性物質へのばく露を低減できるとしている。

また新たな制限対象物質の提案やRAC及びSEACによる意見書が提出された。


(vii)BPR規則については、2024年末を目標に、上市済みの活性物質と製品タイプの組合せについての見直しを加速させつつ進めているが、2021年は18件の評価報告書が提出された。

(viii)その他化学物質安全報告書(Chemical Safety Report:CSR)のチェックや技術一式文書のフォローアップ、調和化された分類及びラベル表示(Harmonized Classification and Labeling:CLH)への提案等の取組み等を実施した。


(2)産業界での化学物質の安全で持続可能な使用 

(i)2010年より公開されている化学物質安全性評価(Chemical Safety Assessment

:CSA)とCSRの作成を支援するために開発されたツールであるChesar(Chemical Safety Assessment and Reporting)に対して機能改善を織り込んだ2つの新バージョンを公開した。これにより既にIUCLIDに登録済みの物理化学的性質や危険有害性関係のデータ、また必要に応じて外部のばく露量推算ツールからの推定ばく露量の取り込み等が可能となった。


(ii)2021年1月より順次有害な混合物の情報を毒物センターへ提供する義務が施行された。具体的な方法は、CLP規則で規定されているが、ラベルには一意的な化学式識別子(Unique Formula Identifier:UFI)の表示が求められている。


(iii)産業排出ガス指令(Directive 2010/75/EU of the European Parliament and the Council on industrial emissions、2011年11月採択)の施行強化を図るため、欧州統合汚染防止管理局(European Integrated Pollution Prevention and Control Bureau:EIPPCB)に協力し、REACH規則のデータの提供や化学物質管理に関するアドバイスを行った。


(3)EU法令の履行による化学物質の持続可能な管理 

(i)持続可能な化学物質戦略において、その実施の初期段階にあることから、ECHAとして欧州委員会に対し特定目的のための支援を行い、ECHAの能力や経験を活かせる作業において連携を図った。例えばPIC規則の下で現在対象物質となっているベンゼンを含有する物質に対して課すべき輸出届出の要件について立案した。


(ii)2021年1月より企業はCLSを含有する成形品についての情報をSCIPデータベースに登録することとなった。年末までに約6,800社より、1,500万件以上の情報登録がなされた。このデータは成形品中のCLSに対するそのライフサイクル全体に渡る追跡に寄与し、循環型経済やゼロ汚染を目指していく上で重要な役割が期待される。


(iii)化学物質に関する情報処理用に普及しているソフトウエアであるIUCLIDの更なる機能向上を進め、10月に更新されたバージョンでは毒物センターへの混合物データのグループでの届出が可能となった。


(iv)EU加盟候補国であるモンテネグロとセルビアでは、EUの化学物質管理法令施行の準備が進められているので、ECHAは、彼らとの間のギャップやその必要性に対する評価検討を行い、その公表に向けた調整を行った。また欧州委員会その他の機関と協力してその他のEU加盟候補国やアフリカ諸国に対する化学物質管理体制整備に向けた支援を周旋している。


(v)飲料水と接触する材料に安全に使用できる化学物質は現在個別の指令による規制が行われているが、汚染された飲料水から人々の健康を守り、安全な飲料水へのアクセスを改善し、安全衛生基準のEU全体での統一化を図るため、それらのEU全体のポジティブリストの作成を開始した。最初のリストには約2,400物質が含まれている。


これらの取組みによって「行動計画」中に2021~2022年の実施予定項目として示されていた214件について、2021年では194件が完了、18件が進行中あるいは部分的に完了、2件が状況の変化等による中止という進捗となっています。


総合的に観て、2021年は感染症拡大2年目の業務の執行が困難な状況の中で、目標としていた実施計画はほぼ達成できたとしています。


2.その他のECHAの運営状況

感染症の蔓延が続く状況であったが、650のオンライン会議と約45,000人の参加者によるハイブリッド環境下で作業を進めることによって、レベルの高い成果を得ることができたこと、また収支については、REACH/CLP関連の手数料収入が低下した一方で、オンライン会議による出張経費の節減によってやり繰りすることができたとしています。


おわりに

「行動計画」中に挙げられた2021~2022年の実施予定項目の殆どは2年間にわたって取り組まれる予定のものであり、2021年はほぼ目標通りの成果を達成していることから、本年2022年も基本的には特に大きな変更は無く、継続してこれらへの取組みがなされていくものと思われます。


持続可能な化学物質戦略は、今後数十年間のEUの化学物質管理に革新的な影響をもたらすものとしての期待がかかり、それに基づくECHAの各実施施策は、EU以外の国々の政策への影響も大きく、非常に重要です。


今後共これらの動向には注意していきたいと思います。


参考URL

1)


2)


3)





以上


(福井 徹)


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