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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

TSCA PBT PIP(3:1)の動向

2021年06月18日更新

アメリカのTSCAによるPBT(難分解性、生物蓄積性、毒性)物質規制に関するお問い合わせを多くいただいています。特に、PIP(3:1)は、2021年3月8日の規制発効日に180日間のノーアクション保証(No Action Assurance)を告示しましたので、企業に戸惑が広がりました。

その後のPIP(3:1)の動向を解説します。


1.PBT規制について

(1)制定経緯

PBTはTSCA 第6条により特定されます。EPA(United States Environmental Protection Agency アメリカ合衆国環境保護庁)は、法令で義務付けられているように、2019年7月29日に PIP(3:1)を含む5つのPBT化学物質の規制に関する規則案を発行し、当初の60日間のコメント期間を、利害関係者の要求に応じて30日間延長しました。この手順を経て、最終規則は2021年1月6日に公布され、3月8日に発効しました。*1)


なお、 PIP(3:1)は、Isopropylphenyl phosphate(イソプロピルフェニルホスフェート)、IUPAC 名は Phenol, isopropylated, phosphate (3:1)で、CAS RN 68937-41-7)です。


EPAは、最終規則の検討段階で、公共ドックを設置し、ルール作成の取り組みに役立つ可能性のあるばく露と使用に関する情報の受け取りを容易にしました。EPAが受け取ったコメントは以下にあります。PIP(3:1)の公共ドックは“PIP (3:1) – EPA-HQ-OPPT-2016-0730”です。*2)


しかし、手順を経ての公布後に利害関係者の“the Association of Home Appliance Manufacturers ”(AHAM)(家電メーカー協会)は、以下の要望をEPAに通知しました。*3)


2021年2月1日に「PIP(3:1)を禁止するEPA規制に完全に準拠する予定ですが、品質と安全性を維持しながら、企業が合理的な時間枠で準拠できるようにするには、追加の時間が必要です。PIP(3:1)を使用している場合、60日の時間枠(公布から施行の日数)は非現実的です。


制限された化学物質の使用が特定されると、企業は通常、化学物質管理プログラム内で、代替品の特定、新しいコンポーネントの処方と調達、品質評価の実施、安全基準の認証、製造プロセスのやり直しなどのプロセスを実行します。


そして最終的には、化学物質の制限に準拠した製品を出荷および輸入します。 通常、このプロセスには最大24か月かかる場合があります。


“the Semiconductor Industry Association” (SIA)(米国半導体工業会)も2月17日に「半導体製造装置への新規則の適用を3年以上遅らせることを要請します。」とEPAに通知しました。*4)


PIP(3:1)は、分子式 “C90H96O16P4”で、用途は難燃剤、可塑剤、および抗圧縮性と摩耗防止添加剤です。特に、リン系難燃剤として使用されており利害関係者が多いということに繋がったようです。


(2)要求事項の整理

PBTの設定手順は、文書末にご紹介しますが、TSCAはCFR(the Code of Federal Regulations )“Title 15-COMMERCE AND TRADE”の“CHAPTER 53-TOXIC SUBSTANCES CONTROL ”の§2605(第6条)に収載されています。


最終規則(Rule)はCFRに収載されますが、最終ルールの告示では、措置の決定の経緯や趣旨などが記述されています。EUの法規制の前文に相当するもので、措置を理解するうえで重要な情報となります。*5)

 

e-CFRは要求事項のみ 記載されており、PIP(3:1)は§751.407になります。*6)


(a)禁止事項

(1)総則

本条の(a)(2)および(b)に規定されている場合を除き、すべての者は、2021 年 3 月 8 日以降、PIP(3:1) 含有製品または成形品を含め、PIP(3:1)のすべての加工および商業的流通が禁止される。


(2)PIP(3:1)およびPIP(3:1)含有製品あるいは成形品の特定用途に関する段階的禁止事項

(i)2025 年 1 月 6 日以降、接着剤および封止剤(adhesives and sealants)用途の PIP(3:1)、接着剤および封止剤用途のPIP(3:1)含有製品、および PIP(3:1)を含む接着剤および封止剤の加工ならびに商業的流通が、全ての者について禁止される。

(ii)2022 年 1 月 1 日以降、すべての者が、写真印刷用成形品(photographic printing articles)に使用する PIP(3:1)およびPIP(3:1)を含む写真印刷用成形品を加工して商業的に流通させることを禁止される。


2.PIP3:1のNo Action Assuranceについて

2021年3月1日に、AHAMやSIAなどの意見を受けて、EPAは以下の利害関係者とPIP(3:1)の最終規則について議論をしました。*7)

全米家電協会

化学ユーザー連合

情報技術工業協議会

全米製造業者協会

全国音楽商人協会

全米電機工業会

半導体産業協会

会議では、影響を受けた産業界は、商業用PIP (3:1) の加工および流通の禁止、ならびにPIP (3:1)が追加された成形品について、2021年3月8日の遵守日に関する懸念を強調しました。

また、世界的なサプライチェーンの複雑さ、ならびに2021年3月8日の遵守日に起因して機械に危害を及ぼし、公衆衛生および国家安全保障上の潜在的な懸念を生み出す可能性のある方法であり、小規模、中規模、および大規模事業体がそれぞれ大きな影響を受けることを強調しました。

いくつかの利害関係者は、成形品がTSCAの下で規制される可能性があることを理解していなかったため、また、PIP (3:1)は他の当局や国によって規制されていないため、サプライチェーンにおけるPIP (3:1)の存在についての認識が欠けていることを指摘しました。

PIP (3:1)を含有する交換部品の継続的使用を可能にする最終規則の修正と同様に、3年間無措置保証を要求しました。


その後、これらの申し立てにより、PIP(3:1)は2021年3月8日に成形品に関し180日間の執行中止( No Action Assurance)を公表しました。*8)*9)


EPAはNo Action Assuranceのなかで以下の状況を説明しています。


EPAのTSCA の規制部署のOffice of Chemical Safety and Pollution Prevention(OCSPP 化学物質安全・汚染防止室)の要請によりEPAは規則が公表された後に明らかにされた規則により生じる困難に気付いた。

例えば、OCSPPの要望には、エレクトロニクス部門および他の場所の利害関係者は、PVCワイヤーカバーおよびケーシングのようなプラスチック部品中の難燃剤および可塑剤として使用される成形品中のPIP (3:1)の存在を確認していると述べている。

PIP (3:1)の存在が確認されている、またはその存在が調査されている他の構成要素には、PVCチューブ、ハーネス、ケーブル、カバー、スリーブ、およびケーシングが含まれ、これらには、消費者用および商業用物品、例えば、ラップトップ、TV、およびゲーム機用のAC電源コードやハイテクロボット工学および製造装置の内部構成要素が含まれる。


2021年3月8日から180日以内にこの対策を実施するよう指示しました。


3.60日間パブコメについて

3月16日から5月17日にパブコメがとられ、コメントは公開されています。*10)

100を超える意見のなかの幾つかを部分的になりますが紹介します。


(i) The National Electrical Manufacturers Association( NEMA 全米電気製造業者協会) *11)

EPAは、ばく露を低減するための特定の規制措置がTSCAセクション6(h)に基づいて「実行可能」であるかどうかを評価するために、措置の「達成可能性、実現可能性、実行可能性および合理性」などの要素を考慮する必要があると説明しました。これには、措置の「経済的負担と複雑さ」、および「化学物質の有用性と、化学物質に利用できる技術的および経済的に実現可能な代替案があるかどうか」の調査が含まれます。


これらの措置のいずれかにより、PIP(3:1)を含む物品の流通および処理を停止するための規則に現在定められている期限は現実的ではありません。実際、8年より短いPIP(3:1)を含む成形品の段階的廃止期間は実行不可能です。


(ii)The National Association of Manufacturers(NAM 全米製造業者協会)*12)

PIP(3:1)の代替品を利用する構成部品を特定、テスト、および展開するために必要な時間に関して、製造された製品ごとに大きなばらつきがあります。


全体として、ほとんどの企業は、サプライチェーンの調査が完了し、影響を受けるすべての構成部品が特定されてから3〜6年以内に代替(適切な代替品の特定、認定、展開を含む)が完了すると予想しています。


(iii) The Association of Equipment Manufacturers (AEM 機器メーカー協会) *13)

AEMは重工業機器製造業を6(g)で免除または7年間の移行期間を要求しています。


(iv)The Chemical Users Coalition (CUC 化学物質ユーザー連合) *14

CUCは次のような提案をしています。


性質及び使用条件が類似する製造された材料を含めるために、既存の免除を強化し、明確にする。(例:2025年1月以前に製造されたPIP 3:1含有接着剤またはシーラント、またはグリースを含有するPIP 3:1)


• PIPの含有最少レベル以下(例えば、最終製品または物品の0.1重量%)でのみ存在すると判定される製品が、米国での使用のために加工および配布され続けることができるように、含有レベルを確立する。

• PIP 3:1およびPIP 3:1含有製品および製品(ならびにPIP 3:1含有成分を含有する可能性のある実験室および実験機器)を含むPBTの使用を必要とする研究開発(R&D)活動を、制限なく可能にする。


製品の複雑性、サプライヤーの階層の深さや用途などを踏まえてそれぞれの主張をしています。


4.下流への通知について

No Action Assuranceは成形品が対象で、それ以外は下流通知などの義務はあります。


下流通知について分かり難い部分がありますので、解説します。

下流通知(Downstream notification.)は、“Phenol, Isopropylated Phosphate (3:1) (PIP 3:1); Regulation of Persistent, Bioaccumulative, and Toxic Chemicals Under TSCA Section 6(h)(e) ”に定められています。*15)


(1) Each person who manufactures PIP (3:1) for any use after March 8, 2021 must, prior to or concurrent with the shipment, notify persons to whom PIP (3:1) is shipped, in writing, of the restrictions described in this subpart.


通知義務は、PIP(3:1)の製造者です。


(2) Each person who processes or distributes in commerce PIP (3:1) or PIP (3:1)-containing products for any use after July 6, 2021 must, prior to or concurrent with the shipment, notify persons to whom PIP (3:1) is shipped, in writing, of the restrictions described in this subpart.


通知義務は、PIP(3:1)または PIP(3:1)含有製品を加工したり、商業的に流通させたりする各人です。製品は“products”で、“article”ではありません。“products”はPIP(3:1)の混合物です。


(3) Notification must occur by inserting the text in paragraphs (e)(3)(i) and (e)(3)(ii) in the Safety Data Sheet (SDS) or by including on the label of any PIP (3:1) or PIP (3:1)-containing product the label language in paragraph (e)(3)(iii):


通知は、SDSやラベルによります。


SDSでは、セクション1またはセクション15に警告表示を記載します。

セクション15では以下を記載することになります。


EPAは、化学品または製品を以下の用途以外で加工および流通させることを禁止している。

(1) 国防総省の仕様要件を満たす代替化学品が入手できない場合に、航空産業用途または安全性と性能に関する軍事仕様を満たすための油圧作動油

(2)潤滑剤およびグリース

(3)自動車および航空宇宙車両の新規部品または交換部品

(4)シアノアクリレート接着剤の製造における中間体用途

(5)機関車および船舶用の特殊エンジンエアフィルター用途

(6)2025 年1 月 6 日以前の接着剤および封止剤

同日付以降は接着剤および封止剤への使用が禁止される。

すべての者は、製造、加工および商業的流通の過程において PIP(3:1)を水域に放出することを禁止されており、PIP(3:1)の商業的使用中に、PIP(3:1)の水域への放出を防止するために、既存のすべての規則とベストプラクティスに従わなければならない。


参考情報

1)TSCA第6条によるPBT設定手順

TSCA第6条(CFR §2605  Prioritization, risk evaluation, and regulation of chemical substances and mixtures)で手順が決められています。

(h) 難分解性、生物蓄積性、毒性のある化学物質

(1) 迅速措置

2016年6月22日以降3年以内に、EPA長官は、化学物質評価のためのTSCA作業計画の2014年更新において特定された化学物質に関して、(a)に基づく規則を提案しなければならない。

(A) EPA長官が、2012年2月にEPA長官によって発行されたTSCA作業計画化学物質方法文書(または後継の配点システム)に従い、他方の作業計画書の難分解性および生物蓄積性スコアが高値または中値であると結論付ける合理的な根拠を有しており、金属または金属化合物ではなく、EPA長官が作業計画問題策定を完了しておらず、第5条に基づく検討を開始し、または2016年6月22日以前に§2603に基づく同意契約を締結していないこと

(B) 使用条件下で、EPA長官によって実施されたばく露及び使用の評価に基づいて、一般集団、又はEPA長官によって特定された潜在的にばく露されたもしくはばく露されやすい亜集団、又は環境へのばく露の可能性がある、ばく露の可能性の高い化学物質

(2) リスク評価の不要性

EPA長官は、(1)の対象となる化学物質についてリスク評価を行う必要はない。

(3) 最終規則

EPA長官は、(1)に従って規則を提案した後18月以内に、(a)に基づく最終規則を公布しなければならない。

(4) 選択制限

EPA長官は、(1)に従って(a)に基づいて規則において公布された禁止事項及びその他の制限事項の中から選択する際に、EPA長官が化学物質によって提示されていると判断する健康又は環境への被害のリスクに対処し、実行可能な範囲で当該物質へのばく露を低減するものとする。


PBT設定の手順は以下になります。

(i)スタート物質

2014年に選定した「TSCA Work Plan」収載の90物質、その後の追加物質(15物質)やPMNによる第4条の試験結果や第8条のInventory更新情報により追加された物質 *16)

(ii)EPAリスク管理検討

•子供の健康に関心がある(例えば、生殖や発達の影響のため)

•神経毒性効果

•持続性、生物蓄積性、毒性(PBT)

•発がん性物質の可能性または既知

•子供向け製品に使用

•イオモニタリングプログラムで検出

(iii)第6条(h)(連邦規則§2605)によるPBTの規則を提案 

EPA長官が合理的な根拠に基づいて、難分解性、生物蓄積性、有毒性(PBT)と結論を出した、並びに、EPA長官が実施したばく露及び使用アセスメントに基づいて提案をする。

(iv)第6条(a)最終規則の告示

EPA長官は、物質、混合物の製造、加工、職業的流通、使用または廃棄に関する活動の不当なリスクの低減措置として、禁止や制限する。この措置は第18条により州法に優先し適用する。

カリフォルニア州法のProp65に優先適用となります。


3)EUの規制状況

EU ECHAのサイトでPIP(3:1)についての規制内容を確認しました。*17)

分類は調和され、CoRAP(the Community rolling action plan CLSの候補物質)に入っていますが、CLSには特定されていません。

PBT 及び vPvB の特性を有すると疑われる 127 物質に関して、以前の EU 法規制の下に実施されたアセスメント結果がJRC(欧州委員会協同研究センターが管轄する ESIS(欧州化学物質情報システム:European Chemical Substances Information System )の website で公開されていましたが、2014 年 11 月 17 日でそのシステム停止され、その後は ECHA に移管されました。*18)

この127物質中23物質がREACH規則で継続評価としています。

移管後はPBTをREACH規則で更新管理していますが、PBTのクライテリアは附属書XIIIになりました。

この評価127物質にもPIP(3:1)は入っていません。*19)

しかし、ECHAはPBTとして評価中としています。*20)


TSCAは、EUより厳しい規制ですので、数年の猶予期間を求めるパブコメが出た遠因と思います。No Action Assuranceの終わる9月までに最終ルールが改定されるか注目されます。

 

(松浦 徹也)


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