2022年05月06日更新
欧州委員会は、2020年12月に現行の電池指令(2006/66/EC)に代わる電池と廃電池に関する規則案(COM(2020) 798) 1)を採択しました。 電池指令は、リサイクルが主な目的であり、リサイクルの障害となる有害物質の制限や取り出しが容易な設計などが要求されていました。 いっぽうで本規則案は、「欧州グリーンディール」の目標達成にための行動計画である「新循環経済行動計画」において明示されており、電動モビリティのための新たな電池バリューチェーンの持続可能性を強化し、すべての電池の循環的可能性を高めることを迅速に進めるものであるとされています。
この内容に基づいて、上記規則案では、電池指令のポータブル、自動車用、産業用といった3つの電池カテゴリーに加えて、第4のカテゴリーとして電気自動車(EV)用電池が追加されました。 また、上記規則案ではカーボンフットプリント要件(第7条)、リサイクル資源の最低使用量(第8条)、性能や耐久性要件(第9条・第10条)、適合性評価の手続き(第15条~第20条)といった要求が新たに追加されています。 原材料の倫理的調達と供給の安定性という面では、デューデリジェンス要件(第39条)が追加されています。 さらに、本規則がバリューチェーン全体を対象にしているという面においては、生産者登録(第46条)、拡大生産者責任(第47条)、電子記録(電池パスポート)の添付要件(第65条)といった条項もみられます。
電池規則は、欧州議会と欧州連合理事会で修正案が可決された後、欧州議会、欧州連合理事会、欧州委員会の間で協議が行われ、2022年末から2023年初頭にかけて最終文書が発効される予定となっています。 今回のコラムでは、改正の根拠のひとつでもある電池指令の評価内容や修正案の策定状況などを整理します。
1.電池指令(2006/66/EC)に関する評価
欧州委員会は電池指令の評価を行っており、2019年4月9日に評価報告書 2)が公表されました。 この報告書では、電池指令の成果や問題点を以下の基準から評価しています。
・適合性
電池は有害物質を含んでおり、不適切に廃棄された場合、環境に対するリスクをもたらす。
今後数年間に発生すると予想される膨大な量の廃電池に対処するために有害成分の削減と廃電池の管理というアプローチは適切である。
電池指令における材料回収の取り組み、リサイクルプロセスの条件設定、支援的な規制メカニズムの確立などのアプローチは、循環型経済政策の主要な要素に対応しているが、すべての段階が含まれているわけではなく、廃棄される電池の選別やリサイクルの前段階に関する規定が不足している。
・有効性
電池指令は電池に含まれる有害物質の使用削減と、廃棄されるポータブル電池の埋め立てや焼却処理の防止に貢献したが、加盟国のうち、ポータブル電池の回収に関する指令の目標を達成したのはわずか半数であり、期待されたレベルまでは達成されなかった。
・効率性
リサイクルには、重要な原材料輸入の依存度を下げるといった経済的利益があると考えられるが、電池指令では鉛とカドミウムについてのみ効率目標を定めているため、こうしたメリットを十分に享受できていない。コバルト、リチウム、その他の貴重な材料の回収は特に促進されていない。
・他の法律との整合性
電池指令は、含有する危険物質がより少ない電池の開発を奨励しているが、物質を特定するための基準や採用すべき管理手段については明記していない。そのため電池に含まれる化学物質の管理には、REACH規則の方がより適切であるかどうかを検討する必要がある。新しい電池、自動車、電気電子機器における技術開発には、関係する法的手段(電池指令、WEEE指令、ELV指令など)とは別に、製品に適用される義務について明確な区分けが必要である。
・内部整合性
電池指令には明らかな矛盾や重複はないが、その基本的な概念のいくつかは十分に定義されておらず、特に実施すべき具体的な措置や達成すべき目標がない場合、いくつかの目的は曖昧なままである。特に以下のような点である。
(i)一般廃棄物としての電池の廃棄を減らすための目標がない。
(ii)自動車用・産業用電池の分別回収の定量目標がない。
(iii)回収されたすべての廃電池の処理とリサイクルを保証する義務は明示されていない。
・EUの付加価値
電池指令は電池市場の調和の確保に大きく寄与しており、EU市場を十分に機能させることに貢献した。その結果、従来よりも貿易障壁は低くなったと考えられる。
これらの評価結果は、電池指令の実施と環境および域内市場の機能への影響に関する欧州委員会の報告書 3)を作成するために使用され、本規則の修正案を検討するうえで考慮されているものです。
2.第一読会に向けて提示された欧州議会と欧州連合理事会の立場
欧州委員会による規則案(COM(2020) 798)は、2021年3月の環境会議で最初の意見交換が行われ、2021年6月の環境会議で最初の進捗報告 4)、2021年12月の環境会議で2回目の進捗報告 5)が行われました。
2022年3月10日、欧州議会は、本会議で欧州議会の立場を示した修正案を採択しました。 6)修正案は2022年2月10日に環境・公衆衛生・食品安全委員会(ENVI)により採択された報告書 7)の内容です。
欧州議会の修正案の主な特徴としては、ポータブル電池の回収目標(第48条)をより厳格に求めています。 欧州委員会の規則案では2025年までに65%、2030年までに70%と設定しているのに対して、欧州議会の修正案では2025年までに70%、2030年までに80%としています。また、LMT(light means of transport:軽量輸送手段)電池の回収率(2025年までに75%、2030年までに85%)を導入しています。 さらに、デューデリジェンス義務(第39条)の適用範囲をすべての電池に拡大し、対象の原材料(別表X 1項)として、欧州委員会の規則案が要求しているコバルト、グラファイト、リチウム、ニッケルに加えて、欧州議会の修正案では、ボーキサイト、銅、鉄を提案しています。
2022年3月17日、欧州連合理事会は欧州委員会の電池規則案に関する一般的なアプローチ 8)を採択しました。 9)これは欧州委員会の規則案に対する欧州連合理事会の立場を示しており、欧州連合理事会の修正案といえるものです。 主な特徴としては、ポータブル電池の回収目標(第48条)の期限について、欧州委員会の規則案では2023年までに45 % 、2025年までに65 % と設定していますが、欧州連合理事会の修正案では2024年までに45 %、2028年までに65 %としています。欧州連合理事会の修正案においては欧州議会の修正案同様、LMT電池の回収率が設定されていますが、目標値は2030年までに54 %と提案されています。 欧州連合理事会の修正案は、欧州委員会の規則案や欧州議会の修正案に比べて、一部の目標値がより寛容に設定されている印象を受けます。
欧州議会、欧州連合理事会の修正案ともに、規則案では明示されていなかったオンラインマーケットプレイスの責任についても触れられています。 オンラインマーケットプレイスについては、現行の様々な欧州法規制において課題とされているため、最終文書に取り込まれることになれば、その他の法規制の改正動向にも影響を与えることになると考えられます。
なお、共同立法決定手続きでは、欧州議会と欧州連合理事会の双方が欧州委員会の提案について内部討議し、共同で採択されます。 通常立法手続きでは、欧州議会と欧州連合理事会による三読会制を採用しており、欧州議会の第一読会で採択された修正案に対して、欧州連合理事会が承認すれば、法案は成立しますが、承認に至らない場合、欧州連合理事会はその理由を含めた自身の立場を示し、次の読会に進み、議論されることになります。
また、第一読会での合意形成を目的として、欧州委員会、欧州議会、欧州連合理事会は事前にそれぞれの立場を調整する非公式な三者会合を開催することがあります。 今回も2022年4月20日より三者会合が開かれています。
3.LMT(light means of transport:軽量輸送手段)電池のカテゴライズの必要性
欧州議会、欧州連合理事会の修正案ともに、ポータブル電池の取り外し及び交換要件(第11条)や回収目標(第48条)などの適用範囲にLMT電池を分類することを提案しています。
軽量輸送手段は欧州委員会による規則案の第2条(9)で、750W以下の電気モーターを搭載し、走行時に旅行者が座ることができ、電気モーターのみ、またはモーターと人力の組み合わせで動かせる車輪付き車両と定義されています。 いわゆる電動自転車や電動スクーターなどの電池がLMT電池に含まれます。
欧州委員会による規則案では、LMT電池はカテゴライズされておらず、一部の例外を除き、5 kg未満のすべての電池をポータブルとみなすことを提案しているため、LMT電池はポータブル電池またはEV用電池に分類されることになります。
欧州委員会の科学・知識サービスである共同研究センター(JRC)はポータブル電池とLMT電池の代替回収目標に関する研究という報告書 10)を公表しています。 本報告書では、LMT電池の市場シェアの推移を踏まえ、その回収目標の設定を検討するための技術的背景を提供しています。 この報告書に明記されているLMT電池の定義の範囲、潜在的な市場発展、およびポータブル電池とLMT電池の回収目標を補正するための様々な選択肢の評価は、立法過程の決定を支援することを目的としています。
この報告書では、様々な選択肢の評価と市場シナリオの予測によれば、充電式電池やLMT電池、さらに耐久性の高い一次電池の販売が増加するため、市場投入量(POM)とその後に利用可能になる廃棄物量の間に乖離が大きくなると説明しています。 そのため、委員会の規則案のPOMベース(過去3年間の販売量)で設定されている回収目標値の65%(2025年)と70%(2030年)は達成が難しくなる可能性があるとしています。
4.さいごに
温室効果ガス排出量をゼロにするゼロエミッションモビリティの展開と断続的な再生可能エネルギーの貯蔵など気候中立経済への移行に向けて、電池はますます重要な要素となっています。 欧州においても多くのギガファクトリーの稼働が予定されており、電池は今まで以上に大きな産業分野のひとつとなっていくことが予想されています。 そのため、新しい電池規則については、実現可能で意欲的な内容が慎重に議論されているようです。
(柳田 覚)
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