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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

  • 執筆者の写真tkk-lab

IPCC第6次統合報告書公表とEUのエンジン車容認合意

2023年04月14日更新

1. IPCC第6次統合報告書 (政策決定者向け) 公表

国連の気候変動に関する政府間パネル (Intergovernmental Panel on Climate Change : IPCC ) は3月20日に政策決定者向けの第6次統合報告書 1) を公表しています。

本報告書において、産業革命前からの気温上昇を1.5℃以内に抑えるという国際枠組み (パリ協定) 2) の目標達成には温暖化ガスの排出量を2035年に2019年比で60%削減する必要があることを提示し、各国の従来の削減目標では「極めて不十分である」と警鐘を鳴らしています。


IPCCは世界の専門家で組織されており、5~7年ごとの統合報告書は最先端の科学的知見に基づいており各国の政策や国際交渉に強い影響力を持っています。 今回の第6次統合報告書は新型コロナウィルス禍という事情もあって9年ぶりの公表となっています。


人間活動が地球温暖化を引き起したことは「疑う余地がない」と明記し、1850年以降の累積排出量の4割超は直近20年間分であるとしています。


2011年~2020年の世界の平均気温は、1850年~1900年のそれを既に1.1℃上回っており、気温上昇が1.5℃を超えると異常気象リスクが高まるとしています。 そのリスク回避のためには温暖化ガスの累積排出量の増大を二酸化炭素 (CO2) 換算で5,000億トンに留めなければならないとし、今のペースであれば10年以内に許容量に達する恐れがあるとしています。


排出量を2035年に2019年比60%、2040年に69%、2050年に84%減らす必要があると分析しています。


先進国は、今世紀半ばの実質排出量ゼロに向けて2030年に2010年比45%削減を目指してきており、日本の削減目標は2030年度に2013年度比45%の削減でした。


各国とも今回の統合報告書を踏まえ、2035年の削減目標を2025年までに国連に提出することとなっています。 したがって、現状の目標より上積みが必要となります。


国連のグレテス事務総長はビデオメッセージで「人類は薄氷の上にいる。その氷は急速に溶けている。」と危機感を表しています。 脱炭素によって先進国は2035年、他の国は2040年までに発電による排出を実質ゼロにするように求めています。


日本は現在のエネルギー基本計画 3) では2030年度においても2割を石炭火力に依存しています。 炭素を値付けして排出に負担を求めるカーボンプライシング 4) の本格導入も2030年代となっており他国に比べると遅れています。


2035年に温暖化ガスを2019年比60%減らすといった新たな目標水準に合わせるには大胆な政策転換が必要になります。


IPCC第6次統合報告書のポイントは以下です。

・人間活動による温暖化は疑う余地がない

・産業革命前に比べた気温上昇は既に1.1℃

・今後10~20年で1.5℃到達の恐れ

・各国の温暖化ガス排出削減目標は不十分

・2035年に2019年比60%の削減が必要

・途上国支援は2018年以降に伸びが鈍化

・今の選択と行動は何千年にもわたる影響


2.EUのエンジン車容認合意 5)

欧州連合は、3月28日のエネルギー相理事会において、2035年にゼロエミッション車以外の販売を原則禁じることで正式に合意しました。 内燃機関 (エンジン) 車の新車販売を全て認めない当初案を修正し、温暖化ガス排出をゼロとみなす合成燃料の利用に限り販売を認めました。


自動車業界からの主張を受けたドイツ政府の意見を踏まえてエンジン車の部分容認に方針転換しています。


EUは今後、合成燃料の利用に向けた制度設計に乗り出すが、燃料の基準や利用条件などを巡って難航する可能性もあります。


一方でEUはバイオ燃料を利用したエンジン車については2035年以降の販売を認めない方向でした。 エンジン車の販売禁止は昨秋に欧州理事会と欧州議会、欧州委員会が合意に達していました。その後ドイツが反対に転じ、その内容修正を迫られていたものです。


EUは2050年までに域内の温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標を掲げていましたが、電気自動車 (EV) への移行を進めるための目玉政策に例外を設ける形となりました。


最終合意の手前でこれまでの協議内容を覆したドイツへの他国の反発は強く、今後の他の政策での軋轢につながる恐れもありそうです。


EU関係者は28日「EVへの移行をめざすEUの基本的な方針は変わらない。多くの自動車メーカーはEVを選んでいる」と語り、合成燃料を利用した車の販売は将来も一部にとどまるとの見方を示しました。


フォルクスワーゲン (VW) やメルセデス・ベンツグループなど自動車大手を抱えるドイツは、合成燃料の容認を強く主張していました。 ドイツはEV振興と並行して合成燃料のプロジェクトも推進しています。


合成燃料は、二酸化炭素 (CO2) と再生可能エネルギーによる電気分解で得た水素から製造されます。 ガソリンと成分は同じですが、現状では生産コストが高く、乗用車向けで商用化されるかは見通せない状況です。


欧州委員会は「合成燃料のみ」を使う車に限定して容認するとしています。 合成燃料に関しても厳しい基準を課す方向となっています。 別のEU関係者は「合成燃料のみで走る車をつくるには技術的な挑戦がいる」と述べ、自動車産業の技術革新が必要になると指摘しています。


我国の経済産業省の試算では、再生可能エネルギーが安い海外で製造すると1リットル当たり約300円、国内だと約700円で、ガソリン価格の2~5倍に相当するとしています。6)

独ポツダム気候影響研究所の調査 7) では、2035年までに世界で計画されている合成燃料の工場は60カ所に過ぎず、航空や船舶など早期の電動化が難しい移動手段で優先的に使われ、乗用車向けの供給量は限られるとの分析もあります。


まとめ

上述のように、パリ協定への対応を主導しているEUにおいても、条件付きとはいえ2035年以降もエンジン車の容認という特定業界からの要求に譲歩せざるを得ないという苦しい状況が透けて見えます。


一方、我国においてもIPCC第6次統合報告書の内容に従うためには、脱炭素へ向けた一層の努力が求められています。 2011年の東日本大震災時の福島原子力発電所の事故により原子力発電に対する規制は強化され規制委員会の審査合格の発電所であっても稼働再開が進んでいない状況が続いていますが、近年の夏季、冬季の電力需要ピーク時対策等も考慮し、当面の対策として原発再稼働も考慮すべき課題と考えます。


将来に向けては、アンモニア、水素等の活用による脱炭素の達成のための化学物質イノベーションが重要となってくるものと思います。


(担当 : 瀧山 森雄)



引用

1) IPCC第6次評価報告書

https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-working-group-3/


2) パリ協定

https://climate.ec.europa.eu/eu-action/international-action-climate-change/climate-negotiations/paris-agreement_en


3) エネルギー基本計画 令和3年10月

https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/20211022_01.pdf


4) カーボンプライシング

https://www.env.go.jp/earth/ondanka/cp/index.html


5) EUが「合成燃料」搭載のエンジン車を容認、35年以降の新車販売で:ボルボやフォードなど47社が抗議

https://news.yahoo.co.jp/articles/8e660a42fedbe3583593c882e7467d1c0e6a6ed2


6) 合成燃料研究会 中間取りまとめ 2021 年4月 合成燃料研究会

https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gosei_nenryo/pdf/20210422_1.pdf


7) EU、エンジン車容認で合意 合成燃料限定で35年以降も

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA27BN30X20C23A3000000/?av=017

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