2024年02月16日更新
REACH規則 附属書XIV(認可の対象となる物質)に関して、2種類の物質についての認可決定の概要がEU官報で告示されました。以下にその内容を解説します。
1.Chromium trioxide(三酸化クロム)
2023年10月31日に、欧州委員会はREACH規則第64条(9)に従い、「Chromium trioxide」をハンガリー国内にある企業に対し認可決定しました1)2)。 認可期限は2032年1月10日とされました。
認可用途としては、電気自動車用リチウムイオン電池(LiB)製造に使用される銅箔の被膜保護用として、濃度0.1% w/w以下の三酸化クロム溶液を調合するものです。 認可の理由として、社会経済的便益が本物質の使用による人の健康と環境へのリスクを上回り、適切な代替物質または代替技術がないことが、REACH規則第60条(4)に従い判断されたことを根拠としています。
欧州化学品庁(ECHA)のWebサイトで公開している「採択された意見および認可申請に関する過去の協議のリスト3)」によると、認可申請は合計554件がリストアップされていますが、そのうち本物質が204件で全体の約半数を占めており、それだけ認可申請が多い物質と言えます。 もともと本メーカは年間15トンの三酸化クロムの使用の認可を受けていましたが、今回の認可申請で更にトン数の増加を認可申請するものです。 これは、電気自動車市場の急成長によりリチウムイオン電池用銅箔の需要が、このメーカの当初の計画を上回ることが予想されるためです。 電気自動車は各国のメーカが開発を強化しており、今後の発展が見込まれる戦略的分野ですので、それだけ必要性が高いと言えます。
以下、リスク評価委員会(RAC)と社会経済分析委員会(SEAC)の審査報告書4)を中心に解説します。
三酸化クロムは配合段階では独立した機能を持ちません。製造工程中、この物質はリチウムイオン電池に使用される銅箔において、主に以下の3つの技術的役割を果たします。
i)保管中や加工中に、リチウムイオン電池負極使用中の箔の酸化を防ぐ
ii)電池の寿命期間中、電池全体に銅イオンが伝播するのを防ぐ
iii)容量、セルインピーダンス、陽極皮膜の剥離強度の強化など、バッテリ性能を向上する
REACH規則の基本的な考え方として代替物質に置き換えることですが、同等機能・性能を持つ、技術的・経済的に実行可能な代替案は存在しないとSEACは結論づけています。 その背景として、電気自動車用リチウムイオン電池の市場は、バッテリの性能に対する要求がますます高くなっていますが、その実用化のためには自動車メーカによる約5年間の評価期間が必要とされています。 今後、バッテリの性能が向上し、より長寿命になるに従って、代替物質が見つかる頃にはその評価期間はもっと長期化していることも予想されます。 このように、単に代替物質が発見されるだけでなく、その評価期間も考慮した認可期限となっています。
今回、認可されましたが、継続利用のリスクとして、このメーカの作業員および地域住民の吸入経路による肺がんや、地域住民の経口暴露(飲料水の摂取、魚の摂取)による小腸がんがあります。 一方、三酸化クロムに代わる技術的に実行可能な代替品がまだ存在しないため、この認可申請が拒否された場合、現在の生産設備は停止し、供給能力が無くなることになります。 その場合、顧客である自動車メーカがEU圏外のサプライヤーから大量の不動態化銅箔を輸入すると考えられます。 このような経済的影響や社会的影響も考慮されて、今回の認可決定となりました。
なお、認可決定に際して、以下のモニタリングや行動が課せられています。
i)副次的に発生する六価クロムの作業中のばく露モニタリング
少なくとも年1回実施し、状況が変化した場合は、測定の頻度を増やす。
ii)環境への流出のモニタリング
少なくとも年1回、工程変更の可能性がある場合はそれ以上の頻度で、廃水中および大気排出中の六価クロムの測定を継続する。
iii)必要な場合の対策
測定により収集された情報や関連する情報を用いて、少なくとも年1回、実施されている運転条件及びリスク管理措置の有効性を確認し、見直す。 また、作業員のばく露の評価を見直す。 必要な場合、六価クロムの作業員へのばく露や六価クロムの環境中への排出を、技術的・実際的に可能な限り低減する対策を導入する。
2. 4-(1,1,3,3-tetramethylbutyl)phenol, ethoxylated (4-tert-OPnEO)
2023年11月10日に、欧州委員会はREACH規則第64条(9)に従い、「4-(1,1,3,3-tetramethylbutyl)phenol, ethoxylated (4-tert-OPnEO)」をオーストリア国内にある企業に対し認可決定しました5)。認可期限は2033年11月19日とされました。
認可用途としては、ライム病ワクチン候補の製造に使用される脂質化タンパク質の精製における洗浄剤としての用途です。認可の理由として、社会経済的便益が本物質の使用による人の健康と環境へのリスクを上回り、適切な代替物質または代替技術がないことが、REACH規則第60条(4)に従い判断されたことを根拠としています。
ECHAのWebサイトで公開している、「採択された意見および認可申請に関する過去の協議のリスト3)」によると、認可申請は合計554件がリストアップされていますが、そのうち本物質が105件で全体の約1/5を占めており、それだけ認可申請が多い物質と言えます。
以下、RACとSEACの審査報告書6)を中心に解説します。
本物質の主な用途は、精製プロセスにおける界面活性剤です。 タンパク質-タンパク質、タンパク質-脂質、脂質-脂質の結合を分断し、疎水性汚染物質を選択的に除去することを可能としています。
REACH規則の基本的な考え方として代替物質に置き換えることです。認可申請書によると、7つの代替物質が検討されています。 しかし、医薬品の場合、代替品の評価プロセスには長期間を要しサンセット日には間に合わないとしています。 RACとSEACの審議の結果、認可申請は認められました。 その背景には、
・使用工程において、密閉された設備で厳重に封じ込められた状態であり、作業員は完全に離隔されていること。
・廃棄において、液体および固体の廃棄物は全て回収され、焼却処分となること。
・施設内外の流出事故に対する緊急計画が用意されていること。
なども考慮されています。
3. EU域内に輸出する日本企業の注意点
EU域外で認可対象物質を組み込んだ成形品(the substance into an article)を、EU域内に輸出する場合は、認可は不要です。 ただし認可対象物質を含有する成形品に関して、リスク管理がされていないと欧州委員会が判断した場合等は、それが制限対象物質とされ、それらを含む成形品の上市などが制限される可能性があるので注意が必要です。
今回取り上げた三酸化クロムは、主にリチウムイオン電池に使用されています。 自動車は日本の主力産業であり、今後の成長が見込まれる電気自動車にとって、リチウムイオン電池はキーパーツです。 EU域内に輸出する場合は特に注意が必要です。
引用
1)官報番号C/2023/585
2) Reference of the decision C(2023) 7309
3) 採択された意見および認可申請に関する過去の協議
4) 三酸化クロムの審査報告書
5) 官報番号C/2023/784
6) 4-tert-OPnEOの審査報告書
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