2024年03月01日更新
はじめに
国連欧州経済委員会(United Nations Economic Commission for Europe:UNECE)は2023年7月27日、化学品の分類および表示に関する世界調和システム(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals:GHS、通称「パープルブック」)の改訂第10版を公表しました。1),2)
GHSは化学品の取扱におけるその危険有害性に関する情報伝達手段であるラベルやSDSの作成に際し、その危険有害性の分類やラベル・SDSの作成指針についての世界的に統一された基準を提供するものです。 これは国連加盟各国に対する勧告であり、法的強制力は無いものの、多くの国々ではこれと整合させた内容で国内の仕組みの整備を進めており、全世界的に環境政策において担う役割は非常に重要です。
今回はその概要について解説します。
1.GHSの概要
GHSの初版は2003年7月に公表されましたが、以降、2年毎に社会経済的あるいは科学技術的な状況変化を織り込んで改訂が重ねられてきました。
今回の改訂は2022年12月9日の国連経済社会理事会(United Nations Economic and Social Council, 以下ECOSOC)の危険物輸送およびGHSに関する専門家委員会第11回会
議において採択されたGHS改訂第9版に対する修正に基づくものです。
その全体構成は、本文(4部、34章)および11附属書(但し附属書2は保留中)より成り、これは前回の改訂第9版と同様です。
危険有害性の分類については、第2部において物理化学的危険性17クラス、第3部において健康有害性10クラス、および第4部において環境有害性2クラスの計29のクラスが規定されています。 また各クラス内に設定されるカテゴリーについては、先の改訂第9版では爆発物におけるカテゴリーが見直されましたが、今回の改訂ではクラス、カテゴリー共に変更はありません。
また化学品の危険有害性情報伝達手段であるラベルやSDSの作成要領については、第1部で規定しています。
なお化学品を対象とする国連勧告としては、国連経済社会理事会(United Nations Economic and Social Council:ECOSOC)による国連危険物輸送勧告(United Nations Recommendations on the Transport of Dangerous Goods:UNRTDG、通称「オレンジブック」)があり、1956年の初版以来、2年毎に改訂されており、現時点で最新のものは2023年8月公表の改訂第23版です。3)
こちらはGHSとは異なり、危険物の安全輸送の確保を目的としています。このため両者における化学品の危険有害性分類は必ずしも整合化されていないので注意が必要です。 例えばGHSにおける物理化学的危険性は、鈍性化爆発物以外はUNRTDGに対応する分類がありますが、健康有害性については、輸送においては化学品への繰り返しばく露は想定しないため、一部を除きUNRTDGでは対応していません。
2.主要な改訂点
今回の改訂では、前記の様に分類の枠組みには変更はありませんが、分類に際しての具体的な定義、手順、方法等の細かな部分について、以下の様な修正がなされています:
(1)爆発又は火工効果の定義の追加
2.1章(爆発物)において、用語の定義として「爆発又は火工効果(explosive or pyrotechnic effect)」が追加され、「衝撃、爆風、破片、投射、熱、光、音、ガス、煙等の自己持続的な発熱化学反応によって生じる効果」とされました。
(2)鈍性化爆発物の定義および判定論理の見直し
2.17章(鈍性化爆発物)において、その定義がより明確に「爆発性を抑制するために鈍性化された物質および混合物」とされ、したがって爆発物の分類からは除外されるとしました。
これは2.17.2で規定される鈍性化爆発物の基準への適合性を更に高めるための措置です。
それと共に、区分1~4への判定論理(デシジョンツリー)は、従来からの爆発可能性や補正燃焼速度に加え、熱不安定性やニトロセルロースの含有を採り入れたものに改められました。
(3)3.2章(皮膚腐食性/刺激性)、3.3章(目に対する重篤な損傷性/刺激性)および3.4章(呼吸器感作性または皮膚感作性)の分類手順の見直し
特にこの3つのクラスについて、その分類手順における非動物試験の使用がより明確化されました。非動物試験法には以下の様なものがありますが、現在化学物質の有害性評価の効率化や動物愛護の観点からその活用が推進されています:
・in vitro(試験管内)/ex vivo(生体外)のデータ
・定性的構造活性相関(qualitative structure-activity relationships:SAR)または定量的構造活性相関(quatitative structure-activity relationships:QSARs)のコンピュータ予測モデル
・コンピュータエキスパートシステム
・試験データのある類似物質から推計するRead-across
また一部の分類の判定論理を段階的アプローチ形式に改めた他、OECD(Organization for Economic Cooperation and Development、経済協力機構)の試験方法のガイドラインの活用に関する記載がより明確化されています。
(4)危険有害性情報および注意書きコードの見直し
附属書3で規定されるラベルに表記すべき危険有害性情報および注意書きの一部のコードが見直されました:
(i)危険有害性情報H315+H319の新設
皮膚腐食性/刺激性・カテゴリー2および眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性・カテゴリー2/2Aに対して、H315+H319(皮膚への刺激および眼への刺激を引き起こす)を新設。
(ii) 呼吸器感作性・カテゴリー1,1A,1Bの注意書き
・安全対策に関する注意書きにP233、P260、P271およびP280を追加し、従来のP261は削除。P284は変更無し。
・保管に関する注意書きとしてP403を追加。(従来は保管に関する注意書きは無し。)
(iii) 急性毒性・カテゴリー3の注意書き
・予防に関する注意書きにP262、P264およびP270を追加。
(5)金属およびその化合物の水性環境有害性の分類方法に関するガイダンスの更新
金属およびその化合物の水性環境有害性の分類については、附属書9においてガイダンスが示されています。
今回の改訂では、これらの水への溶解性やイオン解離性の生物への濃縮や蓄積に対する影響を考慮したpHによる溶解性試験等の内容が追加されています。
また従来は他の化学物質と同様にLC50、EC50、ErC50、NOECといった指標を用いた分類方法としていましたが、これをERV(ecotoxicity reference value、環境有害性基準値)という概念を基にしたものにまとめ直されています。
そして混合物については、含有成分の有害性の合計を基にして分類区分を決める方法が導入されましたが、その際に急性毒性カテゴリー1または慢性毒性カテゴリー1の成分に限り乗率Mを使用する方式としました。
おわりに
以上述べた様に、GHSは2年毎の継続的な改訂がなされてきており、その内容に反映された化学品の危険有害性の管理に対する最新の考え方を把握することは非常に重要です。
一方、これをベースにした各国の化学物質の危険有害性分類法やラベル、SDSの作成法については必ずしも同じペースで見直しが行われている訳ではありません。
現在、日本では2019年5月に改正されたJIS Z 7252:2019及びJIS Z 7253:2019に従って管理が行われていますが、これはGHS改訂第6版を基にしています。
JISは産業標準化法第17条に基づき、制定、改正等の公示後、少なくも5年経過までに見直しを行うこととなっています。4) したがって本年中には何らかの動きが予想されますので、注意していきたいと思います。
以上
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