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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

化学品ラベリングの簡素化およびデジタル化について

2022年01月07日更新

はじめに

化学品のラベリングは、それらに関する基本的な情報を効率よく伝達することによって、人の健康や環境に対するそれらの有害な影響を低減することを目的としています。

その改善に向けて、現在欧州委員会ではラベリング要件の簡素化やデジタル化に向けての新たな取組み(Chemicals-simplification and digitalization of labelling requirements)を推進しており、2021年7月にロードマップが公表され、11月24日より意見募集を行っています。1)

今回はその動きの背景、目的や今後の見通し等についてご紹介します。


1.背景および目的

本取組みは、2019年12月に公表された「欧州グリーンディール」2) やそれを受けて策定され、2020年10月に公表された「持続可能な化学物質戦略」3) といった最近の大きな政策枠組みを背景とした具体的な動きの一つであると捉えることができます。


まず前者は地球規模での環境問題が深刻化する状況の中でのEUの新たな成長戦略ですが、2050年までにEU域内温室効果ガス排出ゼロ(気候中立:climate neutral)を目指すとしており、経済や生産・消費活動を地球の環境保全と調和させ、人々のために機能させることにより、温室効果ガス排出量の削減に努める一方、雇用創出とイノベーションの促進を図ります。


この中で示された政策の1つに「無毒な環境に向けた汚染ゼロ」があり、後者はそれを具体的に示した戦略です。

これは2020年11月24日付本コラム「無毒な環境に向けた持続可能性のための化学物質戦略の公表を受けて」4) にも解説されていますが、人の健康や環境保護を強化するため、化学物質に対する法的枠組みの簡素化及び強化を図り、エビデンスに基づく政策の策定を支援するための包括的なデータベースの構築や世界的に堅実な化学物質管理の模範を設定するための行動を通じてビジョンの実現を図るとしています。


こうした状況下で本取組みは、いくつかのカテゴリーの化学品や化学製品のラベリングの要件を簡素化・合理化することやデジタルラベリングの使用に向けて検討していくものです。


対象とするのは、現在化学品や化学製品のラベリングを規定している下記3法令について、その内容の見直しを図ろうとするものです:


(1) CLP規則(Regulation (EC)1272/2008 on Classification, Labelling and Packaging of substances and mixtures)5)

EUにおける化学品の危険有害性の分類、ラベリング、および包装に関する規則で、全7編62条8附属書より成り、ラベリングに関しては、その第3編:ラベリングによる有害性情報伝達、第17~34条および附属書Ⅰ~Ⅵに規定されています。


(2) 洗剤規則(Regulation (EC)648/2004 on Detergents)6)

EU域内で使用・流通される洗剤および洗剤用界面活性剤の要件を定めたもので、全19条8附属書より成り、ラベリングに関しては、第11条および附属書Ⅶに規定されています。


本規則におけるラベリングでは、指定の洗剤成分物質を指定の含有濃度範囲で表示することや、製造者は成分データをウエブサイト上に公開することを原則とする等のCLP規則とは異なった規定があります。


(3) 肥料製品規則(Regulation (EU) 2019/1009 laying down rules on the making available on the market of EU fertilising products)7)

EU域内で使用・流通される肥料製品の要件を定めたもので、従来の規則(EC)2003/2003 8) を廃し、これを置き替える形で2022年7月16日より施行されます。


旧規則は化学肥料のみを対象としていましたが、この新規則では、家畜糞尿、食品廃棄物、下水汚泥等を利用した肥料製品も対象としています。

これらより回収された有効成分(特にリン)を肥料に活用することによって、これまでのリン鉱石等に拠っていた肥料原料の輸入依存度を下げ、利用可能な廃棄物等のリサイクルを促進し、環境負荷を低減しようとするもので、循環型経済構築のための施策の一つです。


全8章53条5附属書より成り、第4条でラベリングが義務付けられ、附属書Ⅲでその具体的要件が規定されています。


本規則で対象とする肥料製品は全7カテゴリーに分類され、更に幾つかのカテゴリーではその下位にサブカテゴリーが設けられていますが、ラベリングはそのカテゴリー、サブカテゴリー毎に表示する項目が決められていることが特徴です。


2.現行EU化学物質管理法令の適合性

本取組み開始前に欧州委員会によりEUで現在施行中の化学物質管理法令に対し、それらが目的に適合し、意図した通りに効果を上げているかの検証が行われています。


本取組みの対象としているCLP規則および洗剤規則に関しては以下の報告があります:

(1) 最も化学物質に関連した法令(REACH規則以外)および認識された問題点・乖離点・弱点に関するフィットネスチェックの報告(Findings of the Fitness Check of the most relevant chemicals legislation (excluding REACH) and identified challenges, gaps and weaknesses)9)

2015年2月に開始され、2019年6月に報告書が公表されました。40件以上のEU化学物質関連法令について、特に化学物質の危険有害性とそのリスク評価の要件やプロセスについて評価検討しています。


(2) 委員会スタッフ業務文書:洗剤規則に関する評価(COMMISSION STAFF WORKING DOCUMENT Evaluation of Regulation (EC) No 648/2004)10)

2019年7月に公表され、洗剤規則の施行された2005年より2018年までのその施行状況を検証しています。

これらの報告書では、全体的には法令の枠組みとしてはその目的に適合し、人の健康や環境保護が実行されている一方で、これら製品のEU域内での流通の活性化という業界のニーズにも対応できていると評価しています。


一方、以下の様な問題点も指摘されています:

・加盟各国間で関連業務の対応力に差異があり、EU域内での法令内容の施行状況にばらつきがある。こうした状況は加盟国間での信頼を損なう可能性がある。

・複数の法令の規制対象となっている物質の場合、法令間で規制内容に差異があり、その対応のため当事者にとって業務が複雑化し、負担となっている。

・既存データの所在や絶えず改正の行われる法規制内容に関する最新の情報伝達が不十分で、それらを必要とする事業者、特に情報力の弱い中小企業には多くの手間、コストを要している。

・ラベルについては記載情報が多すぎ、特に一般消費者にとって必要でない情報については、理解困難で負担増となり、人の健康保護のための注意喚起という本来の規則の目的とする効果を減じている。


特にこの最後の指摘はラベリングに直接関するものであり、今後のこれらの法令の規程内容の見直しにも考慮されるものと思われます。


3.ラベリングのデジタル化

通信システム、人工知能、量子コンピューティング等のデジタル技術の一層の普及、活用は欧州グリーンディールの推進に大きな役割を果たすものとして位置付けられ、欧州委員会は2021年3月に「2030デジタルコンパス:デジタル化の10年を目指した欧州の道」(2030 Digital Compass: the European way for the Digital Decade)11)を公表しています。

ここでは、世界的なパンデミックの広がりの中で、従来の人やものの移動を高度な情報伝達を活用し、代替することによって、エネルギーや材料の使用効率の向上にも大きな効果をもたらすデジタル技術の役割の重要性が改めて認識されたとしています。  

そしてそれを実現するために取り組むべき課題として、それらを活用可能な市民レベルでのスキル向上、インフラの整備、ビジネススタイルの変革、および公共サービスの変革の4件を挙げています。

ラベリングのデジタル化の具体的な姿については、例えば前節で触れた11) では、ラベルの記載内容が多すぎるとの現状の問題点の解決策として、一部の情報はオンラインで提供し、QRコードを付した製品にリンクさせるようにするといった例が示されていますが、これを含め、様々な応用展開が考えられます。

ラベリングのデジタル化に関しては、現時点では法的要件としては、許容も奨励もしておらず、個々の事業者による自主的な取り組みが放置されている状態です。しかしこのままでは製品毎にラベリングが異なった状況となり、欧州市場の統一性というEUの基本理念が損なわれかねません。

したがってラベリングのデジタル化による情報伝達の有効性を確保するためには、EU全体で共通の枠組みに基づく仕組みの導入が望ましいと指摘されています。


おわりに

以上述べました様に、化学品ラベルの簡素化とデジタル化を目指した本取組みは、欧州グリーンディールという新たな枠組みでの成長戦略の中で、人の健康や環境に対するリスクの一層の低減の他、特に事業者側には製品のコンプライアンスがよりやり易く、管理コストの低減が図られることによる産業競争力の向上や、消費者側の更なる意識の啓発といった効果も期待されます。


今後の予定としては、2022年2月16日までの意見募集を経て、同年第4四半期に欧州委員会によって新たな規制案が採択される予定です。特にラベリングの要件内容には重要な改正点が織り込まれる可能性があり、これらは現在化学品のラベリングを規定し、その世界的な標準となっている国連のGHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals) 12) や日本国内法令にも大きな影響が予想されますので、その動向には注意していきたいと思います。


参考URL

1)


2)


3)


4)


5)


6)


7)


8)


9)


10)


11)


12)


以上


(福井 徹)

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