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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

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  • 執筆者の写真tkk-lab

EU 統合規制戦略年次報告書第4版について(2021年度化学物質のグループ評価結果報告)

2022年08月22日更新

欧州化学物質庁(European Chemical Agency:ECHA)は2022年6月17日に統合規制戦略年次報告書第4版(Fourth annual report under its Integrated Regulatory Strategy)1,2を公表しました。内容は、本コラム2021年5月28日付「ECHA統合規制戦略年次報告書2期に021年版について」3でご紹介した化学物質のグループ評価を用いて2021年中に進展した化学物質評価の結果です。


2021年末までに、1,900を超える物質に対して規制の必要性に関する評価を完了しました。これらの物質の大部分は、その構造的類似性に基づいてグループ化されています。 このうち、約 1,650 が REACH に登録されており、うち700 近くが年間 100 トンを超えて登録されています。


評価が完了した物質数は、2020年度比(2020年度は2019年度比約10倍)で30%ほど増加しており、「統合アプローチ」による「グループ評価」が着実に成果を挙げていることを示しています。ECHAはこの実績から「2027年末までにすべての登録物質にリスク管理または新たなデータ生成の優先順位を付ける。」目標達成に自信を深めています。


今回の報告書であらたに明らかになったことは、評価段階を示す物質群(プール)に新しく「規制ニーズの評価中(assessments of regulatory needs :ARNs)」プールが新設されたことと、前回コラムで懸念事項としてあげたグループ評価対象物質が、「規制ニーズの評価中 (ARNs) 」の公開を含めPACT を通じて業界やその他の利害関係者から見て当局の行動がより透明になったことです。

以下に詳細を見ていきます。


1.登録物質の分類と位置づけ

今回から、従来の①データ生成、③規制リスク管理を検討中、④規制リスク管理が現在進行中、⑤現在それ以上の措置は提案されていない、および⑥まだ割り当てられていない、の5つのプールに②規制ニーズの評価中プールが追加されました。


②規制ニーズの評価中」プールには、正式な規制プロセスの準備としてECHA または加盟国により、物質(グループ)の規制ニーズの継続的な評価を受けている物質が入ります。以前の報告書ではこれらの物質は「③規制リスク管理を検討中」のプールに割り当てられていました。今回の追加の利点は、グループ評価による効率アップにより「③規制リスク管理を検討中」プールの物質数が膨大になってしまうことを防げることです。結果として、リスク管理措置の必要性が実際に特定されている物質のみが「③規制リスク管理を検討中」プールに残りますので、今後何らかの規制が必要になる可能性がある物質の数をより正確に把握できます。


ほとんどの物質は「②規制ニーズの評価中」プールに短期間しか留まらず、評価が完了すると「①データ生成」プールまたは「⑤現在それ以上の措置は提案されていない」プールに移動します。規制リスク管理の直接的な必要性が特定された場合にのみ、これらの物質は「③規制リスク管理を検討中」プールにマッピングされます。


「① データ生成」プールに廻された物質は、ドシェ評価、物質評価、PBT(難分解性、生態蓄積性および毒性)/ED(内分泌撹乱性)評価などを経て再度「②規制ニーズの評価中」プールに戻ってきます。


「③規制リスク管理を検討中」プールにマッピングされた物質は、大多数はREACHおよびCLPの下の管理、またはその他のEU規制法規(例えばPOPs規則など)による管理の適用を検討されます。


2.懸念物質への対応に関する透明性の向上

ECHAはREACH の下で登録されたすべての物質を、まずは「②規制ニーズの評価中」または「③規制リスク管理を検討中」プールに割り当てます。


2021 年 12 月、ECHA は化学物質群に対する規制の必要性に関する最初の評価を発表しました。 約 450 の物質をカバーする 19 のグループの物質に対する規制上の必要性の評価が公開されています。 ECHA によって行われたすべての評価は、ECHA のウェブサイトの公共活動調整ツール (PACT) で段階的に公開されます4。 2022年3月には登録済全物質のマッピングリスト5が公開されています。これにより登録者およびその他の利害関係者は、関心のある物質が評価されているかどうかを確認できるようになりました。


グループ評価の公開により、企業は規制当局が計画している行動を予測しやすくなり、関連する場合は、有害な化学物質をより安全な代替物に置き換える戦略を準備するのに役立ちます. 新しいリスク管理が期待される物質の登録者は、登録書類を更新し、使用情報を検証し、提案された措置の影響を予測することにより、準備を開始することが奨励されています。


3.2021年度に評価された物質等

2019 年 12 月から 2021 年 12 月までに年間 100 トンを超えて登録された物質の割り当てを比較すると、最も目に見える進展は、「⑥まだ割り当てられていない」プールから、ほぼ 700 の物質が他のプールに移されたことです。ここからの物質の大半は「①データ生成」プールと「②規制ニーズの評価中」プールに移動しており、特に後者については、ECHA のグループ評価作業によって扱われた多数の物質の高回転率が目に見えます。


同様の傾向は、登録化学物質群の低トン数の物質にも見られます。今回初めて、高トン数の物質 (年間 100 トン以上の登録) よりも多くの低トン数の物質 (年間 1 ~ 100 トンの登録) が「⑥まだ割り当てられていない」プールからクリアされました。


ごく一部の物質は他のプールから「⑥まだ割り当てられていない」プールに戻っています。これは一般的には改善されたマッピングまたは修正されたデータ品質が原因ですが、評価した最終決定者が関連するハザードに関する結論を許可しなかった可能性があります。


物質は通常、グループの評価が完了すると「⑤現在それ以上の措置は提案されていない」プールに戻りますが、一部の物質は、このプールから物質群の他のプールに移動しています。 これは、ECHAが必要に応じて物質をグループメンバーとして再評価するグループ評価作業によるものです。


3.1.「②規制ニーズの評価中」プールの進捗状況

前述のように、ECHAはグループ評価を駆使して2021年末までに、1,900を超える物質に対して規制ニーズ評価を最終決定しました。


評価された物質のうち、約 36% が年間 100 トンを超えて登録されており、約 250 は「⑥まだ割り当てられていない」プールからのものでした。


ECHA は、2020 年よりも有害性が既知の物質を中心に生成されたグループをより多く評価した結果、規制リスク管理がすぐ次のステップとして提案される物質の数が増加しました。


1,900 の物質すべてから、さらなる規制措置が必要な約 300 の物質(「③規制リスク管理を検討中」)を特定し(例: CLH)、 約 800 の物質については「⑤現在それ以上の措置は提案されていない」、残りの 800 物質については、さらなる規制リスク管理の必要性について確固たる結論を下す前に、「①データ生成」する必要があります。 一部の物質については、データの生成 (ほとんどの場合、適合性チェック) が提案されていますが、他の物質については、物質自体または関連物質のデータ生成が既に進行中です。


今回「③規制リスク管理を検討中」プールに入れた物質のほとんどはさらなる規制リスク管理措置 (認可、制限など) に進む前に、まずデータの生成とハザードの確認 (CLH など) を必要とします。ここには多くの有力なまたは潜在的な CMR と、いくつかの潜在的な ED、PBT、および呼吸器感作性物質が含まれています。


「⑤現在それ以上の措置は提案されていない」プールに入れた物質の3 分の 1 についても有害性が低いことを確認するためにデータ生成が必要です。


3.2.「①データ生成」プールの進捗状況

以上2021年度中に「①データ生成」プールに新たに加わった約800物質と別のプールへ移動した物質および従来からこのプールに残っていた物質を合わせて、2021年末には約2,500物質が残っています。


これには、データ生成が進行中の物質と開始が必要な物質が含まれています。 また、グループ化およびスクリーニング作業に基づいて、規制の必要性が評価に関連すると予想される別の (構造的に) 関連する物質に対しての評価が進行中の物質も含まれます。


多くの場合、登録ドシエで入手できる情報は主要エンドポイントの正式な情報要件を満たしていないため、物質に関連するリスクを特定するには不十分であると言われています。


ECHA は欧州化学産業評議会(European Chemical Industry Council: Cefic)との緊密な協力のもとに、企業がECHAの化学物質の安全性データをレビューし、自発的に、つまり正式な適合性チェックプロセスなしで新しい情報を生成するのを支援する業界イニシアチブを引き続きサポートしています。


3.3.「③規制リスク管理を検討中」プールの進捗状況

2021 年末までに、約 400 の物質がこのプールにマッピングされました。これは、2020 年末の数と比較して約 170 増加しています。


このプール内の物質の大部分 (約 75%) は、規制リスク管理の必要性が確認されている物質ですが、その措置はまだ開始されていません。 そのようなリスク管理措置の必要性を特定するプロセスは、主に規制上の必要性に関する ECHA のグループ評価ですが、例えば適合性チェック、物質評価の結論、またはリスク管理オプション分析(Risk Management Option Analysis:RMOA) からのフォローアップもあります。


計画されている最も一般的な規制リスク管理措置は、調和分類 (評価された全物質の 7%) と制限 ( 評価されたすべての物質の 6 %) および SVHC の識別 (評価されたすべての物質の 1 %) およびこれらのアクションの組み合わせです。


ほとんどの物質について、さらなる規制リスク管理をより詳細に検討し、必要に応じて関連プロセスの下で開始する前に、データの生成と有害性の確認が必要です。 ただし、一部のグループについては、オルトフタル酸エステル、ビスフェノールなどのように規制リスク管理措置がすでに開始されているものもあります。


2021 年にECHA は、フタル酸エステル類やビスフェノール類など、重要な特定のグループの規制ニーズの評価を最終決定しました。


これらを含めECHA は、適合性チェックまたは試験提案審査の対象となった 210 の物質のフォローアップ評価を終了し、これらの物質から44 の物質が CLH に提案され (2020 年のほぼ 3 倍)、1 つは難分解性、生物蓄積性、および毒性の特性をさらに評価する提案がされました。 新しい CLH 候補の同定が増加したのは、29 の樹脂およびロジン酸誘導体のグループが生殖毒性のために CLH に推奨されたためです。


3.4.「④規制リスク管理が現在進行中」プールの進捗状況

2021 年末までに、約 600 の登録物質 (年間 100 トンを超えて登録された物質の50%) に対して厳しい規制リスク管理措置が講じられました。


このプールのサイズは、2019 年以降、ほぼ安定しています。いくつかの物質がこのプールに追加されましたが、一時的にこのプールを離れた他の物質によって相殺されました。


このプールに属する物質には通常追加の EU レベルの規制措置は期待されていません。 ただし、このプールの一部の物質については、依然として重要な作業が必要な場合があります (たとえば、認可リストでの優先順位付けや、特定の PBT/ED 物質の制限提案など)。

規制措置には以下が含まれます:

①カテゴリ 1A または 1B の発がん性、変異原性または生殖毒性物質 (CMR)、または呼吸器感作性物質としての CLP 附属書 VI の調和分類: これらは重度であり、いくつかの下流の影響を引き起こします。 したがって、規制リスク管理は継続的であると見なすことができます。 ただし、追加のリスク管理措置が検討されている場合、またはさらなるデータ生成が進行中の場合、物質は他のプールでマッピングされますがその旨が明示されます。

②高懸念物質 (SVHC) の候補リストへの掲載

③REACH の下で特定の制限の対象となる物質

④POPs 規制による規制

⑤農薬または殺生物活性物質としての承認

新規としては、ペルフルオロヘキサン酸 (PFHxA) に基づくペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質 (PFAS) のグループに関する 1 つの制限提案が 2021 年に採択され、使い捨ての赤ちゃん用おむつの物質グループに関する意見書の作成が終了し、制限プロセスを経てその他の 4 つの制限が採択されましたが、使い捨てベビーおむつの物質に関する制限提案に関しては、ECHA のリスク評価委員会 (RAC) は、この提案は EU 全体のリスクを示していないと結論付け、社会経済分析委員会 (SEAC) は、この提案は相応しいものであることは証明されていないと結論づけました。 RAC と SEAC を合わせた意見は、意思決定のために欧州委員会に送られました。


また、ECHA は、認可リストに含まれる日没日が過ぎた物質の成形品での使用のスクリーニングを継続しました。成形品でのこれらの物質の使用が、適切に管理されていない人間の健康または環境にリスクをもたらす場合、ECHA は制限提案を作成する必要があります。 2021 年にはいくつかのスクリーニング調査が進行中であり、そのうちの 1 つであるヒ酸については当面制限案を作成する必要がないと結論付けられました 。


3.5.「⑤現在それ以上の措置は提案されていない」プールの進捗状況

2021 年末までに、約 1,460 の登録物質が、コンプライアンス チェック、物質評価、RMOA、またはグループ評価中に実施された評価に基づいて、EU の規制リスク管理措置を現在必要としないと結論付けられました。これらの物質のほぼ 50% は、少なくとも年間 100 トン以上で登録されています。


この数値は、2020 年 12 月 (約 920 物質) と比較して 50% 以上増加しており、2020年は 2019 年 12 月 (約 600 物質) から 50% 以上増加しています。


このプールに物質を割り当てる主な理由は、次の 2 つです。

①低ハザード – 入手可能な情報に基づくと、その物質は無害である可能性が高い。

②ばく露の可能性が低い – 入手可能な情報に基づくと、この物質は人への曝露または環境への放出の可能性が低い。


さらなる EU 規制リスク管理を必要とする物質と必要としない物質を区別することは、当局が重要な物質にリソースを集中し、懸念物質に効率的に対処するために重要です。 現在規制措置を必要としない物質を体系的かつ透過的に追跡することで、有害性や用途に関する新しい情報が入手可能になったときに、または規制上の関心や政治的優先事項が変化したときに再評価することができます。 また、危険性の低い物質を中心に物質群を特定して評価することで、「⑥まだ割り当てられていない」プールのクリアが加速します。


3.6.「⑥まだ割り当てられていない」プールの進捗状況

2021年中に年間 100 トン以上で登録された 250 を超える物質と、1 ~ 100 トンで登録された 500 を超える物質を別のプールに割り当てることができました。これにより、このプールにまだ残っている物質数は、年間100トン以上の登録物質で1,282物質、年間1トンから100トン未満で5,944物質に減少しました。


2021 年に初めて、年間 100 トン未満で登録された物質が、100 トンを超えて登録された物質よりも多く「⑥まだ割り当てられていない」プールからクリアされました。これはグループ評価の大きな効果であり、この傾向は2027年まで続くと予想されています。


このプールに年間 100 トンを超えて登録されている残りの 1,280 の物質の大部分は、深刻度の低い有害性を持つ物質であると予想されていますが、化学物質に関する多くの進行中の物質の同定またはデータ生成の明確化、またはスラグや残留物のように複雑であり、さらなる行動を決定する前に追加の要素を考慮する必要があるものなどグループ評価をまだ開始できなかった化学物質もあると予想されています。


一方で、1~100 トンで登録された残りの 5,940 物質の多くについては、潜在的な危険性や用途に関する見解を形成するのに十分な情報が登録ドシエやその他のデータ ソースがありません。これは、年間登録量が 10 トン未満の物質に特に当てはまります。


4.まとめ

ECHAは、2027年までにすべての登録物質にリスク管理または新たなデータ生成の優先順位を付ける手段として、REACH、CLPおよびその他の既存の情報を活用する「統合アプローチ」と類似の物質をグループ化して評価する「グループ評価」を導入しました。


今回はその「グループ評価」結果の2回目の公表であり、ECHAおよび加盟国規制当局においてこの評価方法が完全に定着したことがうかがわれ、2027年完了目標が一層確かなものであることを示す意味で大きいと思います。


また、ECHAが当初より期待している規制物質の代替品候補を同時にカバーする評価方法であることの意味は非常に大きく、従来のようにある物質に規制を掛けても類似の代替品が使われてさらに代替品の規制をしなければならないといういわゆるイタチゴッコを防ぐことによりヒトや環境に対する負荷を迅速に未然に防ぐ手法として有効であると思います。一方で、「グループ評価」は「疑わしきは規制する」考え方によるものであり、一旦決まった規制等が途中で変わることを前提としていることに留意する必要があります。


今回から評価結果の途中経過をPACT等で段階的に公表する仕組みとなりましたので、どのようなグループ分けをして評価が行なわれているかが事前に把握できることから、企業側としては事前に対策を行うことができる意味は非常に大きいと思います。


(杉浦 順)

参考文献:

*1 統合規制戦略年次報告書第4版


*2 ニュースリリース


*3 前回コラム


*4 公共活動調整ツール:PACT


*5 マッピングされた登録物質リスト

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