top of page

当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

ECHAによる育児用品に関する有害化学物質調査報告について

2023年12月08日更新

2023年11月8日、欧州化学物質庁(ECHA)は、チャイルドシートやよだれかけ、おむつ替えマットなどの育児用品に関して、がん原性物質、変異原性物質、生殖毒性物質(CMR物質)の含有に関する調査を行い、その報告書を公開しました。1)2) 今回のECHAの調査は、欧州委員会が子どもたちの安全を守る目的で、これらの化学物質を制限するEU全体の規制を準備するのに役立つものであるとされています。 今回のコラムでは、この調査報告書の内容を説明します。


1.調査に至る背景

本調査は、欧州委員会が、ECHA に対して、REACH規則 3)の第68条2項に基づき、育児用品に含まれるCMR物質に関する制限提案を視野に入れた報告書を作成し、欧州委員会を支援するよう要請したものです。


REACH規則の第68条2項では、危険有害性クラスの発がん性、変異原性または生殖毒性の分類基準のカテゴリー1A または1Bを満たし、消費者が使用する可能性があり、消費者の使用に対する制限が欧州委員会によって提案される物質について、通常の制限プロセス(第69条から第73条まで)を適用せずに附属書XVIIが修正されると規定しています。


もともと繊維製品、衣類、履物に含まれるCMR物質への制限提案をめぐる議論のなかで、EU加盟国は育児用品を優先課題としていました。 それを受けて、欧州委員会は、育児用品中のCMRの存在に関する証拠を集めるための調査に資金を提供し、2019年に調査報告 4)が公表されました。 この調査報告では、消費者、特に子供が成形品を介してそれらの物質にばく露されることを制限するために、育児用品のさまざまなカテゴリーに含まれるCMR物質を制限する提案の範囲や、REACH規則に基づいたその他のリスク管理措置の範囲を適切に定義するための根拠が示されました。


さらに、2020年10月14日に公表された「持続可能性のための化学物質戦略」5)では、特定の有害な性質を持つ化学物質に特に敏感な子ども、妊婦、高齢者など、社会的弱者をよりよく保護する必要性が指摘されています。 その目的のために、一般製品安全指令の強制的な法的要件とREACH規制を通じて、育児用品やその他の子供向け製品(玩具以外)に含まれる有害化学物質から、玩具と同レベルの保護を提供し、子供の安全を確保することが盛り込まれました。


なお、本報告書には、制限を施行することがどの程度実現可能かについて、ECHAの施行に関する情報交換フォーラム 6)からの意見も含まれています。


2.育児用品中のCMR物質の特定

本調査報告書は、CLP規則 7)の附属書VIに収載されているCMRカテゴリー 1A または1Bの分類を持つすべての物質と、CMRカテゴリー 1A または 1B の調和分類が、リスク評価委員会)(RAC)によって既に合意されている(ただし附属書VIにはまだ公表されていない)物質、またはRACが現在検討中の物質(CLH提案書が提出されている)を対象としています。


本報告書で収集された情報は、CMRカテゴリー1A または1Bの物質(2,340エントリー)が、育児用品の中に測定された、もしくは存在が疑われるかどうかで分類されています。 育児用品に一般的に使用される材料(例えば、織物、プラスチックのような合成高分子、ゴムなど)または玩具(玩具と育児用品の密接な関係のため)中の該当物質の存在に関する情報が収集された場合、育児用品中においても存在の疑いがあると考えられます。


結果として、CMRカテゴリー1Aまたは1Bの65物質が育児用品で測定され、116物質については育児用品での存在が疑われました。特定されたCMRカテゴリー1Aまたは1Bの物質が育児用品に存在する可能性は、以下の2つに分類されています。


・成形品における特定の技術的機能を達成するために特定の材料に意図的に添加される(例えば、染料、可塑剤、安定剤、難燃剤、撥水コーティング、殺虫剤など)。


・不純物(例えば、多環芳香族炭化水素(PAH))として成形品に存在する、または製造工程からの残留物(例えば、モノマー、溶剤)として非意図的に成形品に存在する。


例えば、ホルムアルデヒド(CAS RN:50-00-0)のような物質は、製造工程からの残留物(例えば、ベビー・子供用家具に使用される複合木材材料の製造)である可能性があり、または、しわのない、あるいは手入れが簡単な繊維製品に使用される可能性もあります。


収集された情報においては、育児用品から最も頻繁に検出されたCMRカテゴリー1A または 1Bの物質は金属類であり、なかでもコバルト(CAS RN:7440-48-4)と鉛(CAS RN:7439-92-1)が最も多く報告されました。 次にフタル酸エステル類(フタル酸ジ(2-エチルヘキシル)(CAS RN:117-81-7)、フタル酸ジ-n-ブチル(CAS RN:84-74-2)、フタル酸ブチルベンジル(CAS RN:85-68-7)など)が続いています。 さらに、リン酸トリス(2-クロロエチル)(CAS RN:78-42-2)、ホルムアルデヒド(CAS RN:50-00-0)、ビスフェノールA(CAS RN:80-05-7)も、育児用品から頻繁に測定される物質とされています。育児用品で含有が疑われる物質については、芳香族アミン、金属類、有機スズ、ペルフルオロアルキル類とフタル酸エステル類となっています。 CMRカテゴリー1A または1Bの物質がより多く測定された成形品は、チャイルドシート、よだれかけ、トイレ関連品、ベッドやマットレス関連品、おむつやその関連品、および授乳用品や飲用関連品となっています。


3.結論

本報告書は、測定されたデータや関係者との聞き取りや協議に基づいて、将来の制限項目を特定するために以下の要素を指摘しています。


要素1 範囲:育児用品に含まれる CMR カテゴリー1Aまたは1Bの調和分類を持つ全ての物質の禁止


CLP規則の附属書VIに収載された全ての物質を参照することにより、現在CMR カテゴリー1Aまたは1Bに分類され、将来そのような分類でCLP 附属書VIに追加される物質の禁止が可能となります。 禁止は、育児用品の均質材料中のCMR カテゴリー1Aまたは1Bに適用されることが望まれます。 REACH規則における附属書XVIIのエントリー51の制限条件5(a)やエントリー72の制限条件1では、均質材料における制限を定めていますが、均質材料の定義は、REACH 規則やこれらの制限条件内には含まれていません。 そのため、ECHAは、RoHS指令に従った定義を検討することを提案しています。



要素2 育児用品の定義:明確かつ共通に合意され、適切であれば年齢制限を含む定義


REACH規則では、子供の年齢制限に関するガイダンスや定義がないため、本調査報告を作成する際、育児用品の定義のなかで、年齢範囲が指定されるかどうかも検討されました。 玩具安全性指令 8)では、子供の年齢制限を14歳としている一方で、殺生物剤製品のばく露評価に使用するよう推奨されている子供の年齢制限は12歳未満としています。 対象品目に関する類似性を考慮すると、年齢定義を玩具安全性指令で定義された年齢に合わせることが有益である可能性があります。 なお、欧州委員会の移住ネットワーク内の亡命・移民用語集 9)のなかでは、子供は18歳未満のすべての人間(その子供に適用される法律により、成年に達する年齢が決められる場合は除く)と定義されていますが、現状EU法規制における統一的な子供の定義はないと説明されています。


本調査報告は、考慮された育児用品の定義に該当し、制限の範囲に入る可能性のある児用品の 例(1.2節)、および育児用品のCMR カテゴリー1Aまたは1Bの物質の発生に関するいくつかの統計(2.2節)の指標リストも提供しており、これらの指標リストは、当局が制限を実施する際に役立つことを目的としています。



要素3 適用除外:

(i)中古の育児用品

古い育児用品は、フタル酸エステル類のようなCMR カテゴリー1Aまたは1Bの高レベルの物質を含む可能性がるものの、中古市場を強制することは極めて困難であると考えられます。


(ii)吸入を含むいかなる形でも子供がアクセスできない育児用品の部分に存在する物質

吸入を含め、どのような形であれ、子供がアクセスできない育児用品の部品に含まれる物質は、明示的に適用範囲から除外することが検討されています。アクセスできない部分の例としては、密閉された電池などが挙げられます。


(iii)医療機器規則 10)の対象となる成形品

CMR物質の二重規制を防ぐために、 医療機器の規制でカバーされる成形品または成形品の一部を、将来、育児用成形品に含まれるCMRカテゴリー1Aまたは1Bの規制から除外することも検討されています。 医療機器規則の第1条3項では、「医療目的と非医療目的の両方を持つ機器は、医療目的を持つ機器に適用される要件と医療目的を持たない機器に適用される要件を同時に満たさなければならない。」と規定しています。 そのため、医療用具の非医療用部分(例えば、体温計付きおしゃぶりにおけるおしゃぶりの部分)は、育児用品の要求事項も満たす必要があります。



要素4濃度限界:規制の実用的で調和された実施を可能にする

子供は化学物質に対して特に弱いため、CLP規則で定義されている一般濃度制限値(GCL: Generic Concentration Limit)や特定濃度制限値(SCL: Specific Concentration Limit)では、十分に保護できない可能性があります。


そのため、ECHA は、CLP規則で定義された濃度限界から逸脱し、一般的に入手可能な感度が高く正確な分析法、できれば標準的な分析法の定量限界(LOQ)に連動した、育児用品の均質な材料における濃度限界値を導き出す必要を検討しています。


現在の分析法の開発により、少なくとも10 mg/kgのLOQで、ほとんどすべての物質の定量が可能になると予想されるため、ECHA は、均質な物質(すなわち、0.001 % w/w)における既定の濃度限界値を 10 mg/kg とし、異なる濃度限界値がより適切であることが判明した物質については、適用除外を検討しています。



要素5移行期間:制限の実用的な導入を可能にする


ECHAは、育児用品に使用される材料に含まれるCMR カテゴリー1Aまたは1B物質について、比較的厳しい濃度制限または禁止を設定する自主的な制度を既に遵守している企業があることを認識しています。 CLP規則の附属書VIに既にリストアップされている物質について、多くの場合、産業界は既にそれらの物質が育児用品に存在しないことを確実にするための手段を講じています。 さらに、将来CLP規則の附属書 VI に追加される物質についても、分類の発効から12~18ヶ月に連動する移行期間が自動的に付与されるため、それ以上の移行期間の必要性は低いと考えられます。


これらの要素により以下のような適用の範囲、条件、定義、特例が提案されました。


・範囲

CLP規則における附属書VIのパート3で、発がん性物質、変異原性物質、生殖毒性物質カテゴリー1Aまたは1Bに分類される物質


・条件

適用範囲の物質は、各均質材料の0.001重量%(10 mg/kg)以上の濃度で、育児用品に含まれて上市されてはならない(適用除外として本調査報告の5.2節に記載された物質については、関連する濃度限界は表3に示されたものとする)


・定義

「育児用品」とは、[xx歳未満の]子供の着座、睡眠やリラクゼーション、入浴、着替え、一般的なボディケアなどの衛生行為、および摂食、哺乳、移動、保護を容易にすることを意図した製品を意味する

「均質材料」とは、全体が均一な組成の材料、または材料の組み合わせからなり、ねじ外し、切断、破砕、粉砕、研磨等の機械的作用によって、異なる材料に分離または分離できない材料を意味する


・特例

制限は、以下のものには適用されない:

(a) 中古の育児用品

(b) 吸入を含む、どのような形であれ、子供がアクセスできない育児用品の部分

(c) 医療機器規則に基づき規制される医療目的の育児用品の部品


4.まとめ

現状では、育児用品において統一的な定義や化学物質の規制値が設定されていないことにより、子供への保護が十分でない状況であるものの、今回の調査報告で提案された内容が法制化されることにより、将来的には、より安全性の高い育児用品が市場で確保できるようになると考えられます。


ただし、本報告書の内容をもとに、最終的な法的提案、その範囲と文言(REACH規則 附属書 XVII 項目)は、欧州委員会が提案することになりますので、今後の動向が注目されるところです。


(柳田 覚)


1) 欧州化学物質庁(ECHA)のニュースリリース


2) REACH規則第68条2項に基づき、育児用品におけるCMR 1Aまたは1B物質の使用と存在に関する制限案の作成について欧州委員会を支援する調査報告


3) REACH規則(EC) No 1907/2006


4) REACH 規則第68条2 項の対象となる可能性のある消費者用品の特定カテゴリーにおける CMR 物質の存在の評価報告


5) 持続可能性のための化学物質戦略


6) The Forum for Exchange of Information on Enforcement (Forum)


7) CLP規則(EC) No 1272/2008


8) 玩具安全指令2009/48/EC


9) 欧州移住ネットワーク内の亡命・移民用語集における子供の定義


10) 医療機器規則(EU) 2017/745


閲覧数:649回

最新記事

すべて表示

統合規制戦略の報告書(2024年版)について(その1)

2024年11月29日更新 ECHAの統合規制戦略はデータ生成、懸念物質グループの特定、および規制措置の迅速化を目的として、2015年に開始されました。この戦略の目標は、規制リスク管理やデータ生成の優先度が高い登録物質と、規制措置を追加する優先度が低い登録物質を明確にするこ...

EUの環境法の動向(その2)

2024年11月22日更新 前回続いて、ライエン委員長の政策を解説します。 1.2019-2024年のEUグリーンディールについて   EUグリーンディールは、2019年12月11日にCOM(2019) 640 final“COMMUNICATION FROM THE...

Comments


bottom of page