2023年12月15日更新
1.安価で有効な昭和の外用殺菌剤 マーキュロクロム液
(別名メルブロミン液、通称「赤チン」)
(2,7-ジブロモ-4-ヒドロキシ水銀フルオレセイン二ナトリウム塩、C20H8Br2HgNa2O6)
マーキュロクロム(CAS番号: 129-16-8)は、「メルブロミン(有機水銀化合物)」の水溶液で、皮膚・キズの殺菌・消毒に用いられる局所殺菌剤として利用されてきました。
メルブロミンに殺菌作用があることは1918年にジョンズ・ホプキンス病院のヒュー・ヤング医師によって発見され、傷にしみにくく、価格も安く世界中で重宝されました。
メルブロミンは水には溶けやすいが、有機溶媒にはほとんど溶けない性質をもっており、皮膚浸透性や生物濃縮性が低いという性質を持っています。そのため、体内にしみ込みにくく皮膚表層で静菌作用が継続し、また水銀が体内に取り込まれにくいため、外用剤として使う限り安全性が高いとされていました。※(1)
2.社会経済的便益(Socio-economic benefit)
出典:水銀に関するマテリアルフロー(2014年ベース) 環境省 ※(3)
マーキュロクロムのように水銀化合物が医療・治療に用いられている水銀の例を挙げます。環境省の水銀に関するマテリアルフローによると、医療用計測器が最も多く、ランプと合計の比率でおよそ半分を占めていました。
医薬品向けでは1回の服用量がごく少量のため、使用量としては少なくなっています(0.3 %)。 しかし、医薬品への水銀の使用は、直接的なばく露となるため、その必要性と健康に対する影響をよく勘案する必要があります。
医療分野では微量の細菌が多くの病気の原因となるため、おもに開封後の細菌汚染から防止する目的として水銀の殺菌作用を利用して、殺菌・保存剤として添加された例があります。 水銀が計測器に利用されるのは、重い液体(比重は13.6)としての性質から、水よりも小さい機械で圧力計測ができるためです(圧力計の原理)。被災地での使用、急な停電に備えて、電源を必要とせずに小さい機器で計測できる点も重宝されました ※(1)(2)。
①薬として
傷薬としてだけでなく、利尿剤としても利用されていました。 「塩化第一水銀(甘汞(かんこう))」は、水銀が細胞内のチオール基(-SH)と親和性があることにより、その効能を発揮する性質を利用していました。
②ワクチンの保存剤としてのチメロサール
チメロサール(エチル(2-メルカプトベンゾエート)水銀ナトリウム塩)は、医療現場や一般消費者において広く用いられていました。殺菌作用のある水銀化鉱物で、ワクチン・点眼薬・コンタクトレンズの洗浄および保存液として使われていました。 ただし、駆除剤、殺生物剤及び局所消毒剤として、チメロサールが含まれる場合は、水俣条約の適用になり2020年に製造禁止になりました※(4)。
③検査・計測機器として
検査・計測器具としては、広く普及している水銀体温計と血圧計がよく知られています。
これらの器具も2020年で製造も輸入も禁止されていますが、現在も継続して使用されています。 しかし、器具を廃棄する際のリスクは付きまとうため、現在は電子式が普及するようになりました。
3.人の健康または環境へのリスク(Risk to human health or environment)
メルブロミンの健康または環境へのリスクの高いものは、水生生物に非常に強い毒性、長期継続的影響により水生生物に非常に強い毒性を指摘されていました。 EUのCLP規則ではインベントリに水生環境有害性(短期)区分1、水生環境有害性(長期) 区分1と記載されています。
また、飲み込んだ場合や皮膚に接触や吸入した場合は生命に危険とされる、急性毒性(経口)で区分2、急性毒性(経皮)で区分1と記載されています※(5)。
マーキュロクロム( Mercurochrome )液とは、マーキュリー(mercury;水銀)つまりは有機水銀の水溶液であり、製造過程で水銀が発生します。
日本の多くの製薬会社は、常備薬として強いニーズがあり、製薬目的にメルブロミンを希釈製造することは禁止されていなかったため、海外製造したメルブロミンを希釈することによるマーキュロクロム液の販売が続きました。 2020年に製薬目的の輸入も水俣条約により、輸入できなくなることから国内で製造を終了しました。
なお、水銀を含む局所殺菌剤としてのマーキュロクロム液は、医薬品として薬機法の規制を受けており、日本薬局方に製造方法が規定されていました(水銀含有量 0.42~0.56w/v%)。
2019年5月には日本薬局方から削除され、「日本薬局方」を記載したパッケージでは売れなくなり、あらためて承認審査が必要となり、採算が取り辛くなった事情もあります。
2019年6月以降も一部の会社で製造を続け、月産2000本から3000本ほどの生産量がありました。 しかし、「水銀に関する水俣条約」により、2021年以降マーキュロクロム水溶液の通称「赤チン」も蛍光灯や電池とともに規制対象となるため、2020年12月24日製造分をもって国内での製造を終了しました。 市場に浸透していたマーキュロクロム液でしたが、水銀中毒の懸念と、医薬品の進歩から代替品でも殺菌効果が得られることから、規制対象になりました。
ここで製造中止の背景にあります「水銀に関する水俣条約」および日本の水銀汚染防止法の適用範囲ついて、整理します。
「水銀及び水銀化合物の人為的排出から人の健康及び環境を保護する」ことを目的として、「水銀に関する水俣条約」が2017年に発効しました。
具体的な対策には一次採掘から製造工程・貿易まで製品の水銀不使用、環境(大気や水・土壌)への排出抑制、包括的な規制管理の強化、啓発や研究などが挙げられます。
日本の水銀規制として制定された水銀汚染防止法はその適用範囲を広げてきました ※(6)(7)。
水銀汚染防止法は、「水銀に関する水俣条約」の的確かつ円滑な実施を確保し、水銀による環境の汚染を防止するため、特定水銀使用製品の製造・販売の禁止、水銀等の貯蔵及び水銀を含有する再生資源の管理等について規定しています。
2017年8月16日の条約発効、2018年1月1日特定水銀使用製品第1陣の規制 (製造・組込・輸出入の禁止) を開始しました(水銀電池や一般照明用蛍光ランプなどが対象)。
2020年12月31日 特定水銀使用製品第2陣の規制 (製造・組込・輸出入の禁止) を開始しました(ボタン形アルカリマンガン電池、一般照明用高圧水銀ランプ、マーキュロクロム液(赤チン)、温度計などが対象)。
4. 規制法の動向(最近&今後の動き)
水俣条約関連の最近の動きとして、2023年10月30日から11月3日まで、スイス・ジュネーブにおいて、「水銀に関する水俣条約第5回締約国会議」が開催されました。
水銀添加製品の規制の見直し、規制の対象となる水銀汚染廃棄物のしきい値等に関する議論が行われました。 照明用の一般蛍光灯では、過去に段階的な廃止が合意されたものを含めますと、全ての製品が、2027年末までに禁止することに決定されました。 また、「水銀に関する水俣条約」上の水銀汚染廃棄物のしきい値について、水銀含有濃度1kg当たり15mgとすることが決定されました ※(8)。
引用
(1)環境省「不思議な水銀の話(第1版)」
(2)環境省「不思議な水銀の話(第2版)」
(3)水銀に関するマテリアルフロー(2014 年度ベース)の検討結果
(4)経済産業省「水銀に関する水俣条約を踏まえた今後の水銀対策に関する技術的事項について第二次報告書」
(5)メルブロミン EU CLP規則による分類
(6)水銀による環境の汚染の防止に関する法律
(7)経済産業省「水銀汚染防止法の施行状況と 動向について」https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/kagaku_busshitsu/pdf/008_06_00.pdf
(8)経済産業省「水銀に関する水俣条約第5回締約国会議」の結果について
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